名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧

博奕で身を滅ぼした

元禄16年5月29日。隼人正組150石荒川十左衛門が死ぬ。十左衛門はは博奕宿をやっており、根っからの博奕打ちであった。しかし、極貧であった。この度婿の主膳が捕らえられたことにより罪は免れないと、冷麦ところてん、李(すもも)などを食べ、毒に…

同一犯か

元禄16年5月28日。この夜、光明寺町ならびに広井村で放火がある。後に文左衛門は高札で見る。

困ったもんだ

元禄16年5月25日。近頃、熱田西の門前で20ばかりの女が乱心し、時に裸になり、時に前をはだける。

事故か事件か

元禄16年5月23日。江川に5、6歳の子が流れて来る。

釣果は未記入

元禄16年5月22日。文左衛門は未(午後1時)から味鋺へ釣りに出かける。

短気は損気です

元禄16年5月21日。昨夜、桜木兵蔵は鳥居弥一のところへ行き、帰り道で三宅善八若党と出会う。若党に不作法があり、兵蔵はすぐに若党を切る。若党は許しを乞い、逃げ帰って善八の門内で死んでしまう。兵蔵は立ち退く。兵蔵は御目見衆で父は後藤弥次右衛…

どこへ落ちたのだろう

元禄16年5月20日。酉半(午後6時)前、光り物が巽(南東)から乾(北西)へ飛んで行く。大きさは毬ぐらいで、落ちる時の音は雷のようであった。

一番悪いのは僕のような気がするのですがね

元禄16年5月16日。蛯江角右衛門の子に猪助という者がおり、少し吃っていた。様物を仕事とし、父が諌めていた。2日前、金子の手形を猪助に命じて外へと遣わすと僕が途中で落としてしまった。今朝食事中に角右衛門がお前はまた失敗をしたと言った。これ…

ちょっと嫌らしいなあ

元禄16年5月13日。近年、津田忠兵衛という者が5人扶持を下され、榊之森のあたりに住んでいた。あまりの寒さと飢えのため知人への合力状を持って知人の親類までも訪ね、誰の某はこれぐらい恵んでくれた書き記して恵みを求めた。兄は与右衛門といい、昨…

大物が逮捕

元禄16年5月12日。近頃、岩塚の祢宜吉田主膳が博奕の件で所に預けられ、郷から番を出す。詮議の度に連れて来る。この主膳は荒川十左衛門の婿で博奕の大物であった。主膳が白状し、他の者の罪が決まった。7月15日に諸士が多く罰せられたが、主膳との…

阿弥陀寺の住持さん、ご立派

元禄16年5月11日。信濃善光寺脇立の仏が阿弥陀寺へ到着し、27日間ここに置かれる。100銭で仏印が頂けた。付き添った坊主は大僧都で、保科肥後守の弟と。阿弥陀寺は寺を明け渡し、他へ行った。24日にはお終いとなり、500両程が集まったと。阿…

なんてこった

元禄16年5月10日。永安寺肴屋孫七が亡くなり、火葬にしようと葬儀場へ運んだが、雷雨であったので棺を外に置いておいた。付き添った者は寺の中に入った。晴れたので出てみると棺がどこかへ行ってしまい無くなっていた。

成功にうかれていてはいけない

元禄16年5月8日。江戸で小姓千村幸左衛門が伊綱の法を伝授し、昨日終わる。上手くいったので大いに酒を飲む。この朝、公の仏参がある。先番に当たったので寅の刻(午前3時)に出るはずを、丑の刻(午前1時)に相手の上田一之丞を誘いに行ったが早いと…

どこかで開帳されるのでしょうか

元禄16年5月6日。信濃阿弥陀がこの日鳴海に到着し、3日間逗留する。

物騒な世の中だ

元禄16年5月5日。3日、久屋の12、3歳の町人の子が鍛冶屋町下へ釣りに出かけ、帰ってこないので翌日探しに出かけると10か所余りを切られて死んでいた。裸にしてあった。近頃、この田んぼで40ばかりになる男が首をくくって死んでいた。近頃、大池…

戸板はどうするの

元禄16年5月4日。稲生山田掃部のところに盗みが入り、神楽の太鼓・笛など、それに戸板2枚を盗んで逃げ去る。

元禄16年5月の天気です

元禄16年5月2日。巳(午前9時)前から雨が降る。昼前に止んで晴れる。その後、天気が安定せず。元禄16年5月3日。晴。元禄16年5月5日。夜、時々少し雨が降る。元禄16年5月6日。朝、晴れる。辰(午前7時)過ぎから曇る。その後、雨が降る。…

女の子はどうなるのか

元禄16年4月29日。2、3日前、鉄砲津塚町でかつて中間奉公をしていた幼い女の子のいる小左衛門という町人が貧窮から小刀で喉を突くも死ねなかった。町奉行から詮議があって一両が下されたが、生きていても仕方がないと養生しなかったので2日で死んで…

茶屋は払ってもらえたから御の字

元禄16年4月26日。少し前、龍泉寺で町人2人が音曲をしていた。御目見衆がこれを叱りつけた。すぐに謝って音曲には自信があったのでこのようなことをしてしまったと言った。まずこちらへと茶屋へ入り、持参したものと種々取り出して2人は逐電した。こ…

履歴書みたいなもんですね

元禄16年4月20日。文左衛門は武右へ勤番を持参する。勤の覚 朝日文左衛門。一 延宝9年酉2月。瑞竜院様に初めて御目見仕る。御目見14年。一 元禄7年戌12月。父の跡を下され、城代組を仰せ付けられる。本丸番3年。深井丸番2年。番所の内助番を2…

茶筅売りと山入とか見世物の要素もあったようですかね

元禄16年4月17日。祭礼が例年通り行われる。辰半(午前8時)に始まり、未(午後1時)前に終わる。長嶋町の茶筅売りが始まり中止となる。その代わり頼光四天王が山(伏)姿で山入になる。

この家にとっては鬼門

元禄16年4月13日。龍泉寺たたら淵で女の子13人が船に乗り、後ろに向かうと水が入って船がひっくり返ってしまった。船頭1人いたが、これを見て逃げ去ってしまった。10人は何とか泳ぎ出たが、3人は見えなくなってしまった。船を裏返すと、その下で…

大変名誉なことじゃないですか

元禄16年4月12日。佐分利源太左衛門の鑓を御覧になられることなので、執り行うよう高木八郎左衛門が承ったとの状が来る。

こういう嘘は良くないです

元禄16年4月11日。申(午後3時)頃、火事とのことだったが嘘であった。

確かに二条番が悪い

元禄16年4月8日。近頃、池鯉鮒で有馬中書の関札を立てる。家老4000石有馬監物が先に本陣脇に宿泊していたが、二条番の何某2人がやって来て、昨年泊まったところだと監物の宿札を剥がし、理不尽にも宿泊しようとする。監物はそれを聞いて、中書が来…

仏のご加護はどこに

元禄16年4月6日。昨日、出雲守様(松平義昌)歩行頭堀田伝之右衛門は龍泉寺へ出かけるが、帰りに気持ちが悪くなって守山で落馬し、死んでしまった。家へ帰ってから死んだとも。

酒に酔って焦ったか

元禄16年4月5日。竹腰伝治郎傳(守役)大田文右衛門組足軽丹羽九太夫子に丹羽半六という町人がいた。龍泉寺を参り、酒に酔っぱらってしまう。申刻(午後3時)前に帰途につくが、大曽根坂下辻井辺りで脇差が抜け落ちた。急いで差そうとして腹を突いてし…

可哀そうじゃないですか

元禄16年4月3日。昨日深夜、加藤三十郎従兄弟の婿で女房は加藤半兵衛の娘である浪人宮本定右衛門が味鋺村原新田の伯父前田権太夫のへやって来て、女房が患っているので来てほしいと言った。権太夫はちょうど伊勢から客人があるので後で行くと言った。定…

元禄16年4月の天気です

元禄16年4月1日。未半(午後2時)過ぎから雨が降る。夜はジメジメする。元禄16年4月2日。1日中ジメジメする。夜には雨が止む。元禄16年4月3日。晴。元禄16年4月7日。夜更けに雨が降る。元禄16年4月8日。雨。申(午後3時)前から大雨…

元気な母だなあ、でも火事場のバカ力か

元禄16年3月30日。様物がある。丑刻(午前1時)、なやうら岐阜屋裏の町屋が両側1町(約100メートル)ほど放火で焼失する。昨年焼けた場所と同じ。申(午後3時)前、伏見下小姓堀田甚右衛門は江戸へ出かけ留守であった。清須より出入りしていた婆…