名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

祭で怪我って何かありそう

文政11年。
6月10日、鈴木丹後守殿の家老の何某の召仕中間が上屋敷の長屋で首をくくって死ぬ。
4日前に暇を出されたので、その当てつけに死んだとのこと。

若宮の車の中で住吉町の車は幕、高欄、人形、天井などを取り替えて立派になる。
幕は猩猩緋に波を縫つぶし(刺繍)する。
縫代は100両あまりと。

今年、玉屋町の車の楫(梶)取の中に、14日の引初めで轢かれて死んだ者が1人ある。
片端朝祭の楫取が佐藤源左衛門殿の前で腕を轢かれ、銭喜の倅は見廻車(見舞車)で顛肝(てんかん?)が起こる。
その他にも怪我人が多い。
神の御心が平穏でないためかと噂する。

6月5日、激しい雷に激しい風雨で、早手(疾風)なので沖では大騒動となる。
この日、下条庄右衛門殿は大船だったので助かり、鈴木治左衛門は東浦へ吹き流され、いろいろなことがある。

7月2日、激しい風雨で、枇杷島は7合5勺となって中須のあたりが決壊し、同日岡崎矢矧橋はねじれるが堤が決壊したので橋は無事、橋詰の大きな家が決壊個所になって家も人もたくさん流失する。
この時の道中の川々の様子は次の如し。
一 矢作橋 西で三分の一決壊。
一 六郷橋 6日通行止め、このあたりの家が20軒ほど流失する。
一 馬入川 南の堤が決壊。4日通行止め、近辺の漁村に水が流れ込む。往来は舟で通る。
一 酒匂川 南渕が決壊。
一 箱根山 山の石が磨いたようになる。
一 安倍川 通行止め、道筋の深い水。東側が崩れる。
一 府中 町に水が流れ込む。3町(1町は約100メートル)ほどの並木が根ごと引き抜かれる。
一 大井川 14日通行止め、道より半里(1里は約4キロ)下で決壊。
一 天龍川 通行止め、半道(半里)上で決壊。

7月5日、若宮八幡宮を外遷宮(仮遷宮)する。
8月5日、正遷宮する。
ただし今回は箱棟(屋根の改修)だけ。

7月10日過ぎ、大光川高麗番所のあたりに男の赤ん坊が流れてきて、そこから水に流されて堀川へ流れ出て中橋あたりへ流れつく。
この子にはいろいろと噂がある。
大薬師医王院の妾の家で生まれた子どもだと。
如何か。

7月18日朝、山崎村与右衛門の家で生まれた万松寺黄泉和尚が長崎へ出発する。
皓台寺の住職になる。
後住は大光院祖苗和尚。

7月上旬、春日井郡小幡村で16になる娘が狸と心中し、高い松の木の枝に縄でぶら下がっており、人の方が重くて下がり、狸は高く上がる。
朝、家の者が見つけ、驚いてほどくと狸は死んでおり、女は助かって平然としていると。
これは狸が化けて女が慕う男になり、通っていたのであろうか。

8月3日から9日まで東寺町照遠寺御堂で江州多景島三国伝来出山釈迦仏を開帳する。
14日まで延長する。

8月10日頃、石仏の池で8歳の子と5歳の子の兄弟が2人で遊んでいると、8歳の子が池へ引きこまれたが、弟は平然と家に帰ってきたので、姉がどうかしたと尋ねると池へ入ったとだけ言ったので大騒ぎになり、池中を探すと死骸が出てくる。既に息は絶えていたと。

8月23日明け方、地震が2度ある。

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