2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧
元禄5年4月29日。亥の5刻(午後10時)、西の方に炎が見える。伏見町と袋町の間にある裏の小屋一軒が焼失する。岡部治郎右衛門の裏とのこと。茶碗や皿を入れた蔵と云々。この時に瀬戸物の多くが砕け、破れたり濡れた法典もたくさんあった。
元禄5年4月28日。文左衛門と名を改める。
元禄5年4月27日。申の刻(午後3時)から細かい雨が降り始める。明け方には晴れる。
元禄5年4月26日。夜半になって乱心相模市之丞が牢を抜け出し、鎖を解いて藪を払いながら中野分蔵のところへたどり着く。下女が水を汲もうと戸を開けて出ると表へ走り出す。僕に編笠を借り、たばこを貰う。建中寺に入り、白米1升、鳥目(穴の開いた銭)…
元禄5年4月24日。朝、細かい雨が降り、未刻(午後1時)以降涼しくなり、秋のようであった。
元禄5年4月23日。つむじ風が吹き、激しい雨が降る。窓の外はひっそりとしていた。
元禄5年4月19日。新町餅屋へ駿河町の14、5歳になる男の子がひとりやって来て、1文餅を16個食べたが懐に金はなく、良い考えも浮かばず結局隙を見て逃げ出した。餅店の夫婦は急いで追いかけて大路で子どもの服を剥ぎ取り、すごい勢いで帰ってきた。…
元禄5年4月17日。晴天。日中、文左衛門は親類と本屋藤兵衛のところで祭礼を見物する。夕方の雨で遅くなり、正午過ぎに帰宅する。
元禄5年4月16日。雨。申(午後3時)近くなって、にわか雨が激しく降る。
元禄5年4月15日。曇。
元禄5年4月13日。久屋下町人が戸を縛られていたのを許される。近頃、久屋の町人は長い付き合いであった妾に暇を出し、今後は女を迎え入れないと固く約束したが、程なくして女を迎え入れていた。妾はこれを聞き付け、大いに恨み腹をたてた。そして町人の…
元禄5年4月11日。霧雨が降る。
元禄5年4月8日。晴天。熱田で花の頭(豊年を祝う祭)が行われ、人がたくさん集まる。世間ではこの日は外に出て、糞虫(コガネムシなど)を追い払う。
元禄5年4月4日。巳の刻(午前9時)、杉の町通、桑名町と袋町の間の鍛冶屋より煙が上がる。そのため人が集まり騒ぎとなるが、すぐに消し止める。申の刻(午後3時)弱い雨が降り、少し雷も鳴る。
元禄5年4月2日。雨が降る。
元禄5年4月1日。大工清兵衛という者が牢に入る。近頃、愛岩の向かい徳林寺では門を樫で新たに作り直したが、その際付き合いのあった清兵衛の腕を信じず仕事を頼まなかった。そして、他の大工に頼んで完成させたが、清兵衛はこれを大変無念に思っていた。…
元禄5年3月。御書院番粕谷新五右衛門が宰相公(綱誠)の御供で江戸へ下ることになったので、東理左衛門は金子15両を妹婿松井武兵衛のところへ届けようと、船越金右衛門を仲介に新五右衛門に頼んだ。しかし、新五右衛門はこの金を道中で使ってしまい、松…
元禄5年3月19日。日光通所(名古屋別院)の礎を築き始める。
元禄5年3月18日。文左衛門が通所(本願寺)までやって来て見てみると、100間(1間は約1.8メートル)四方ほどの敷地を板塀で囲み、賤奴(僕など)が土を運んで土台を築き、棒を持って土を盛っていた。或いは、楼上で基礎を固めたり、仮屋にうずく…
元禄5年3月17日。雨が降るが、夕暮れには晴れる。
元禄5年3月15日。薄曇り。文左衛門は加藤九十郎、高畑長右衛門、都築分内、岡本治郎右衛門の友人を誘い出しいて健脚を試すため四観音に出かける。寅の刻(午前3時)に家を出て甚目寺に向かい、一度戻ってから荒子へ行く。もう一度家に帰ると、気分もす…
元禄5年3月13日。寅5刻(午前4時)、僕がしきりに門をたたいて火事と言うので、文左衛門は外に出て見てみると、西の空に炎が巻き起こり火花が空を舞っていた。しかし、遠くて火元まで行くことはできなかった。後で聞くと、津島峠町伊藤長十郎のところ…
元禄5年3月6日。朝、細かい雨が降るがその後晴れる。亭午(正午)からつむじ風がおこる。
元禄5年3月5日。雨が降る。
元禄5年3月4日。雨が降る。
元禄5年3月3日。曇。午時(午前11時)から細かい雨が降る。言い伝えでは、この日雨が降ると果実は熟さないと。また鶏は1年間おしっこをせず、ただこの日だけおしっこをすると云々。
元禄5年2月27日。昼、小さな火事があったと。丑の刻(午前1時)、御園筋堀切から南へ二軒目東側鈴木又四郎の台所から火が出て、厩に火が近づいた。馬は大いに驚いて逃げ出そうとするが、門に固く鎖がしてあり逃げ出せなかった。火の中でいななきながら…
元禄5年2月25日。午時(午前11時)、霰が少し降る。
元禄5年2月24日。空は暗く、細かい雨が降る。東風が吹き荒れて梢が鳴る。未の刻(午後1時)、小さな地震があったと。しかし文左衛門は気づかなかった。
元禄5年2月23日。朝、味噌を蒸す煙で視界が遮られ火事だと騒ぎになる。