名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

女房をとられて許したのに

文政10年。
11月6日、福井検校が熱田の御神前回廊東の方で平曲を奉納する。
申之刻(午後3時)に始まり、同下刻(午後4時半)に終わる。
奉納平曲 延喜聖代 琴曲四季源氏、琵琶銘 雲龍

11月7日、住田町で大工夫婦を斬った者がいる。
この者はほうろく町で車作り(車大工)をしていたが、以前女房をその大工に寝取られたので、女房を大工に娶らせ、木戸外に住むようにと言いつけていた。
しかし、住田町に住んでいたので車屋脇差を差して出かけると、大工はそれやって来たと言いながら棒で殴りかかってきたので車屋はかわし、仰向きに倒れたところを大工が殴ろうとしたのでこれはたまらないと抜き打ちで斬りつける。
浅い傷ながら大工は気絶する。
女もこの間に逃げ出したのを追いかけて少々斬りつける。
女が倒れたので二人とも死んだと思い、わが家へ帰って自分も死のうと思い思案しているところを召し捕らえると。

同日、材木屋惣兵衛の木場へ山の子(山講)の供応のため御普請方の手代が呼ばれ、帰りに三橋七兵衛が古渡橋から落ちて死んでしまうと。

11月、御鷹屋久右衛門は自分の召仕の女を連れて家へ行き、交わりながら死んでしまう。

11月26日夜、住吉町八軒家の前で竹腰侯の家中表番格川口恒吉22才が酒に酔って大暴れし、八軒家の格子を斬り、その向かいのかせ糸(紡いだ糸を束ねたもの)屋から出てきた婆を斬り、その他あちこちでも女子供を7人斬ると。
中でも京町井筒屋金兵衛が一番の深手だと。
その後、倒れて寝ているところを召し捕る。
この日、若宮前住吉屋で酒を飲んだと。

11月23日夜、小石川水戸様上屋敷が焼失する。
門・長屋だけが残ると。
これは数寄屋から火が出ると。
水戸様は大塚吹上大学様屋敷へ仮住まいする。
峯姫さんは本丸から迎えが来るが、自分一人がなぜ本丸へ避難するのかとで、やはり大塚吹上へ避難する。
その時に戸山屋敷あるいは市谷西御殿借用の依頼があるなどと噂があったが、その様なことはなし。
この火事のため尾張家から桧柱3000本を送られる。

12月15日夜、大きな雷が10ばかり落ちたのは次のところ。
聞いたところだけを記す。
高田田面2つ、井戸田1つ、向屋敷1つ。
これ以前にもたびたび地震がある。
寒中に大きな雷とは奇妙なことである。

12月20日、御園町あそや(人名?職業?)権蔵が立派に切腹すると。
これは倅が遊びほうけ、家計困窮してのことと。

12月25日、わたや(綿屋)町の子殺しが磔になると。

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