2022-12-01から1ヶ月間の記事一覧
元禄8年8月11日。文左衛門は熱があり、気分がすぐれず。(中略)昼過ぎから悪寒がし、夕飯も食べず。居間に申半(午後4時)前まで臥せり、その後帰る。忠兵の印判と鍵を家の中で昨日なくしてしまい、方々探し回り、箪笥の金物まで打ち外したがどうにも…
元禄8年8月10日。曇。徐々に晴れる。文左衛門は肩と十一(?)に灸をすえる。(中略)この時期帷子1枚ではとても寒く震える。夜には熱が出る。
元禄8年8月9日。朝から1日中雨が降る。夜になって大雨となるが、夜中には止む。
元禄8年8月8日。愛智郡榊之森で操りが行われる。太夫は難波紀明太夫。義太夫節は義太夫より声が低めだと。庄松という7・8歳の子がおり、間の狂言に出演し、芸を披露する。嵐三右衛門六法の振出踊り、物まねなどは大変面白く、皆感動する。浄瑠璃よりも…
元禄8年8月6日。晴天。水野作兵衛の鉄砲場を片付けるので弟子たちは僕1人を連れて集まる。文左衛門も近所の輩と出かける。
元禄8年8月5日。雨が降るが、時々止む。
元禄8年8月4日。雨が降るが、時々止む。夜、三之丸御用部屋で渋谷杢之助の僕が密かに同僚の僕を刺し殺して行方をくらます。この僕は町で杢之助の名をかたり、つけで物を買うことが多かった。この日、熱田の海から霊亀(中国の伝説上の動物)が上がり、城…
元禄8年8月3日。1日中雨が降るが、夜には止む。
元禄8年8月2日。1日中そして1晩中、激しい雨が降る。服部源兵衛が承ったことで、文左衛門の先祖書を津守様(松平義行)へ差し出すようにとのことであったので、この日に差し出す。常々諸士の先祖書を集めておられた。
元禄8年8月1日。明け方から雨が降る。11日中そして1晩中、激しく雨が降る。文左衛門が留守の間に佐之右衛門を呼び、請人を呼び寄せて由助に暇を出す。
元禄8年7月29日。快晴。文左衛門は作兵衛のところへ出かけ、帰ってから平兵下屋敷へ行く。60発ほど打ち、4割ほど当たる。(中略)文左衛門は由助に矢申し(弓を射る際の儀式)に行くと言いつけるが、寝ながら少し頭痛がすると言い返される。もっての…
元禄8年7月28日。1日中、雲が乾(北西)へと流れ、東風が吹く。巳(午前9時)から午(午前11時)まで雨が降り、風も強く吹く。文左衛門は夕飯後覚右のところへ行く。そこから平兵下屋敷へ行く。夜また覚右のところへ行き、1晩中鉄砲の玉を鋳る。御…
元禄8年7月27日。文左衛門は申刻(午後3時)から平兵の下屋敷へ行く。雨が降り出し、日暮れに帰る。
元禄8年7月26日。夜、覚右衛門のところに七内と泊まる。覚右衛門は湯漬けを食べ、熱も下がる。しかし、大便の色は赤い。
元禄8年7月25日。卯刻(午前5時)、覚右から大田元右へと向かう。大田什庵を覚右のところへ見舞うように頼む。昼前、什庵がやって来て脈を診る。
元禄8年7月24日。この日覚右衛門は大便を18、9回もする。時々粥を少しずつ食べる。
元禄8年7月23日。文左衛門は巳刻(午前9時)に助六と平右で行き会う。そこから作兵衛へ行き、鉄砲を10発打ち、1発当たる。母親の昨夜の夢が気になり、未刻(午後2時)過ぎに文左衛門が覚右のところへ行くと、覚右は昨夜の子刻(午後11時時)より…
元禄8年7月22日。昨夜からの風が止まず、雨も降る。辰刻(午前7時)過ぎには雨が止むが、風が吹く。文左衛門は井上権左に頼み、水野作兵衛の弟子となる。この日巳刻(午前9時)に初めて伺う。誓いをたて、牛頭(守り札)に血判を押す。そして鉄砲を打…
元禄8年7月21日。残暑厳しく、辰半点(午前8時)から雨が降る。昼過ぎには大雨となる。その後止み、晴れる。夜には曇る。戌刻(午後7時)から雨が降り出し、夜半から東風が激しくなり、暴風雨となる。
元禄8年7月19日。文左衛門は昼過ぎから近所の者10人ばかりと鉄砲場へ出かける。小見当人魚(的の人形)などがある。夜、堀田平右衛門若党が腹を切り、鑓持ちも自害する。中間1人は下女3人と走り去ると。近頃、この春誕生の二の丸様の子が亡くなる。
元禄8年7月17日。晴。文左衛門は近所の者と平兵下屋敷へ鉄砲を打ちに行く。
元禄8年7月16日。晴。未半刻(午後2時)に急に雨が降り始めるが、その後止んで晴れる。往来では美人が多かった。夜更けに雨が降るが半時(1時間)程で止む。
元禄8年7月15日。雨が降るが、辰刻(午前7時)に止む。
元禄8年7月14日。戌刻(午後7時)からわずかな雨が降り、夜更けには大雨となる。
元禄8年7月13日。真福寺で狂言が行われる。座本は和泉屋十三郎。ほかに南京からくりなども行われる。近頃、日用頭千竹家紋右衛門妻が妊娠したが、7月に食あたりで死んでしまう。この女は元々大殿様御寝所にも入ってので、三之丸様がとても悲しまれ、枇…
元禄8年7月12日。晴。未刻(午後1時)前、夕立があえい、その後晴れる。昼前から文左衛門は服部源兵・中村平右衛門と勝川へ鮎漁に出かけ、亥刻(午後9時)前に帰る。網を4度打ち、源兵衛は70匹ほど鮎を捕り、膾(刺身)にして食べる。文左衛門にも…
元禄8年7月11日。朝、雨が降る。その後晴れる。昼から文左衛門は近くの友と平兵下屋敷へ行く。文左衛門は20発打って、6発当たる。
元禄8年7月10日。辰半点(午前8時)過ぎまで激しい雨が降る。かねてからこの日は矢田で仲間の者が鉄砲を撃つはずであった。留永兵右衛門殿が来られるはずなので、文左衛門も近所の衆と相談してでかけるつもりであった。しかし、雨が降っていたので油断…
元禄8年7月9日。寅半時(午前4時)から雨が降り出す。文左衛門は平兵下屋敷へ鉄砲を打ちに行く。
元禄8年7月7日。申刻(午後3時)過ぎから雨が降り出す。