享保2年5月11日。
上使の用務で上野小左衛門・修理殿がこの日江戸へ出発する。
(将軍の鷹狩の獲物を)尾公へも宿次で2つ寄越される。
12日に江戸を出て、15日の晩頃に駿河守(大道寺)のところに着いた。
直に城へ出向かれたところ、御用人衆は行水(汗を流すこと)に帰り、誰もいなかった。
このため19日からは行水の間は御用人が残り、昼夜城を空けないようにと言いつけられる。
拝領の方目(ミゾゴイ)の内1つは瑞祥院様(徳川義通正室)ヘ勧められる。
19日には残りを御老中以下へ下される。
17日に御礼に稲生半右衛門が江戸へ向かう。
近頃、瀬兵妻が熱病となる。
今日明日には人参1匁(1匁は約4グラム)5分(1分は約0、4グラム)を附子(トリカブト)8分の参附湯(じんぶとう)に他の煎薬1匁ずつを入れて用いる。
食事ができず、時々吐く。
瀬兵衛も江戸で大分人参を用い、こちらへやって来ても大量で100両以上。
少し前には拝領の人参膏を独参湯(どくじんとう)に溶き用いていた。
瀬兵衛は江戸で80両あまり。
名古屋で盆前までに40両あまりの人参代。