名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2026-05-01から1ヶ月間の記事一覧

嫌なことがあるほど、浮かれたくなるもの

天明5年(1785年)。4月。殿様が城に入られる、6日東海道を旅する。堀留新堀通の新馬場の先に橋が出来る。大幸橋で天明5年乙巳4月などの文字を4つの擬宝珠に刻み、朱で書き入れる。11日に出来上がる。21日、国府宮一之鳥居が出来上がり、村々…

大がかりな土木工事は困窮する人たちの救済のためだろうか

ここは、「絵入猿猴庵日記 名古屋叢書第17巻」より。天明5年(1785年)。1月。1月1日、晴天。昨年秋、知多郡あたりで世の中良くないことが多いからと、大高万歳が尾張の国を廻る。大高万歳は江戸表ばかりに出向いており、当所へ来るのは初めてのこ…

田沼意知の暗殺事件

天明4年(1784年)3月24日、江戸表御殿中長廊下にて佐野善左衛門が田沼山城守を討つ。赤穂以来の大騒動となる。委細は誰もが知るところではあるが、あらましをありのままを次に写しとり、記し置く。殿中においての刃傷のこと。泰山重からず(自分の…

ずっと浅間山の噴火や、凶作の影響が続いている

天明4年(1784年)3月。3月、殿様が出発し、東海道を旅する。御道中で困窮された者どもを救済されたことは広く知れ渡ったことである。9日昼4ツ時(午前10時)より9ツ(午後0時)まで、有松で火事がある。絞り屋がかなり焼失すると。蜂須賀蓮華…

日本人は昔から助け合いの精神

天明4年(1784年)。1月。1月1日、晴天。去年より行っていた御冥加普請(御救米に報いるため百姓などが行った普請)は、この春は成願寺後ろの川堤を取り払い、大きな川とするため人々が集まって土砂を運ぶ。数万の人が1組ずつ印の幟を立て、弁当所…

名古屋とは関係ありませんが、浅間山の噴火の様子を

天明3年、浅間山噴火。6月28日、信州浅間山が激しく噴火し、地が激しく揺れ動き、近辺の18ケ村は地中に沈み、その跡から火炎が吹き出して土砂が飛び、7月8日頃まで燃えた砂が降って田畑を埋め、利根川の川筋は熱湯となって川一面で炎が立ち昇り、大…