名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

大荒れの天気

天保2年。
天保2卯4月23日暁寅中刻(午前4時)頃、濃州笠松あたりで少し強い雨が降ると、急に同所から西の方にかけてどうどうとうなり声が聞こえ、人家は大地震のように揺れ、雷鳴はしないがただ風雨だけが激しく、わずかにたばこ1、2服する間ぐらいでほどなく止み、快晴となる。
もっとも前日22日申刻(午後3時)頃、少し雷鳴がすることがあったが、この前後10日ほどは毎日晴天の穏やかな空模様で、23日晩には前代未聞の大荒れの天気となり、人の噂ではこれは竜の天上(竜巻)だと皆が恐れる。
真実かどうかは怪しいことである。
一 笠松村へ7、8町(1町は約100メートル)ある西田代村氏神八幡宮境内の神木の松、その他雑木が残らず吹き倒され、中でもざっと1丈(1丈は約3メートル)3尺(1尺は約30センチ)の幹まわりの古松1本が地面から2間(1間は約1、8メートル)ばかり上の方で東へ吹き折れる。
この松の真ん中には直径1尺5、6寸(1寸は約3センチ)の朽ち腐れた穴があったので、ここから竜が天に昇ったかと人々は恐れる。
それより東では田の被害はなし。
笠松では人家西のにある神明境内の神木の大きな松は1本も被害はなし。
雑木は残らず吹き倒れるが、この両社には被害なし。
これは全て神の思し召しと人々は崇め、恐れ入る。
一 笠松村で吹き倒された家は58軒、これは土蔵を含む。
一 同所の即死者は1人、怪我人18人。
一 同所半壊の家は6軒。
一 同所川岸に繋いでいた鵜飼船12艘が破損し、その内塩を積んでいた50石1艘は水面から上へ2、3間ほど2度吹き上げられ、もちろん船は壊れて荷物が流れ、船頭2人は寝耳に水で大いに肝を冷やすも何とか命だけは助かり、壊れた船は3町ほども川上の尾州側の堤の水のない葭が生えた場所へ吹き流され、荷物を積んでいなかった空船の小船8艘は砕け散るが、船頭8人は助かる。
30石船は少し荷物を積んでいたが大破し、船頭5人だけ命が助かる。
笠松の川際に繋いであったのは木曽川で上川と号す船で、4艘大破してどこへ吹き流されたかわからない船も1、2艘あったが怪我人はなく、この内の1艘では船頭2人が寝ていたところ急に暴風となり、飛び出て船を漕ぎつけようとしたが船が割れ、船頭1人は川に飛び込み笠松で上がり、一緒にいた1人を探したが見つからず、途方に暮れて大きな声で船頭の名を呼ぶと、尾州の方から返事があったので探しに行くと、越(腰)竿1本を持って尾州側の砂原に吹き流されていた。
この川幅は6、7町もあったので、誠に不思議なことである。
この船頭からすぐに聞いたところ、何かが足こうへ(足首)にあり、何度も川に飲み込まれる思ったが、程なくして尾張側へ吹き流されたと。
夢見心地で濃尾の騒動には気づかなかったと言う。
一 田代村の倒木は直径8尺から1丈までの大小〆て113本。
小木、竹の類は数知れず。
一 笠松村の倒木は大小〆て200本。
小木などはわからず。
一 尾州北方村の倒木は大小250本余り。
一 同所のつぶれた家は8軒。
一 丈八という者は本家1軒ならびに添家1軒の都合2軒がつぶれる。
怪我人はなし。
一 勝四郎のところの利左衛門住居1軒と小座敷の都合2軒が倒れ、同人女房、子ども1人が即死する。
一 川並形御役家はつぶれる。
一 宮田逸平殿住居家が半壊、稽古場1軒がつぶれる。
一 丹羽慎一郎殿住居も同様。
一 藤田助九郎殿、栗田野右衛門殿も同様。
一 御番所も同様。
一 神明宮境内の幹まわり8尺の桜が倒れる。
ここでは倒木がたくさんあるが書き取り難し。
一 西の木戸外榎目通りの幹まわり7尺の1本、生え際から伐られたように8、9間も東北へ飛ばされる。
一 御陣屋御門の棟瓦が吹き飛ばされ、高塀は残らず吹き倒れる。
一 地方御役所に被害はなし。
一 茂八の家も被害はなし。
誠に神仏のおかげと思われる。
一 鵜飼船11艘が破損する。
一 濃州円城寺村で倒壊した家が2軒と倒木がある。
一 重複なり
この通り大荒れ。
しかし風の通り道から1町ほども離れていればそれほどの雨風、揺れなどもなく、未明のことだったので全ての戸は開けておらず、いつもの雷鳴かと思っていたが、思いのほか風の通り道では砂や石までが家の中に吹き込み、しばらくの間は大騒ぎとなる。
この風雨の中笠松から往来を通りかかった人は、ひどい様子だったので川端の人家の軒下へ這い入り、風雨をしのいだ。
直接聞いたところでは、西の方からどろどろと唸る音がして、火事のように空が赤くなり、行燈のような火の玉が東へ飛んで行き、大雨に映った明かりで火の雨が降っているように見えたので、世間では火の雨が降ると言ったが、本当の火の雨ではなかった。
屋根板・瓦の類は石礫を打ったようであったが、怪我人は出るが命に支障はなかった。
我を忘れて生きた心地がしなかったと。
前代未聞の大騒動である。
話よりひどい大荒れで中々筆で書き記すことができず、概略だけを申し上げる。
以上。
これは御作事方下役の親類から申して来たと。

(3-p56~p57)