天保8年。
一 万松寺は樹木が数多く倒れる。
まず、本堂の前では、地蔵堂の側の周り2間半あまりもある大杉が1本倒れ、西の墓所の入口から塀、ならびに西の堂が少し壊れる。
また桟門前東南の周り3間余りの大杉3本が倒れ、桟門屋根を激しく壊す。
惣門から桟門までの間の樹木大小38本が倒れる。
当時は倒木の数280本余りとのこと。
一 三輪社の大木が数多く吹き倒された中で、大松2本が北の町家に倒れ、家を激しく壊す。
拝殿も倒れる。
一 矢場清浄寺南の大木の桜と杉3本が倒れる。
裏門の側の大樫2本が中ほどからねじ折れる。
地蔵堂西の大松は倒れる。
本堂の屋根は少し壊れる。
一 勝鬘寺では鐘楼の普請の最中で仮屋根があった。
これが崩れる。
また門の中の北の塀が倒れる。
松1本と雑木3、4本が堂の前に倒れる。
一 高岳院塔頭助正院の松は倒れ、塀はことごとく倒れる。
中門の塀は半分以上崩れる。
中門内の大杉・大松が倒れ、小松も倒れる。
墓所の大杉2本、大松1本が倒れ、石塔はかなり壊れる。
同所西の大松は町屋の裏へ倒れ、屋根が激しく壊れる。
その他大樫がねじれ折れ、また、表側南の垣根が残らず倒れる。
一 大光寺惣門から中門までは両側に松8本がある。
この松がことごとく倒れる。
堂前の松10本余りが倒れる。
本堂屋根の東の瓦がたくさん吹き飛ばされる。
一 赤塚神明社前の大松は3間ほど上からねじ折れる。
手水鉢の北の大松は倒れ、神主家の門ならびに勝手口の屋根瓦は割れる。
その前の松は倒れ、土蔵の瓦が少し壊れる。
一 相応寺山門内の西の大松2本、大杉3本、小杉7、8本が倒れる。
山門西の塀が大杉に打たれて崩れると。
門外の東に入ったところでは松・杉が数10本倒れる。
惣門から山門までの間では杉の並木11本が倒れ、このため塔頭、東月院の塀はほとんど崩れる。
惣門外の南の大松4本が倒れる。
いずれも周りは2間ほどある。
一 五百羅漢大龍寺の松1本が倒れ、鐘楼は倒れそうになる。
本堂では東の鯱の尾が折れる。
その他瓦がたくさん落ち、壁の所々が壊れる。
一 建中寺大門の東西では樹木がおびただしく倒れる。
南の裏門は崩れる。
惣門の外から中を見ると、山門は屋根だけが見えるほど倒れ、倒れた木が重なって山のようになる。
いずれにしても境内の倒れた木はおびただしい。
裏門は粉々に崩れる。
一 妙本寺番神堂の前にある大松は北に倒れる。
同所の樫・紅葉・樅など4、5本が倒れる。
また門内には諸木が14、5本あったが、残らずに倒れる。
このため、中門の塀などがことごとく倒れる。
一 蓮勝寺の松3本は3方から向かい合うように倒れる。
一 法輪寺鐘楼の北から大松1本が本堂に倒れ、屋根が大きく壊れる。
一 御堂照遠寺南の大杉が倒れる。
また大樅も倒れる。
多宝塔の仮屋が崩れる。
一 法華寺内題目堂の側の大松が倒れる。
また、崩れた常題目堂の中に僧がおり、打たれて死んでしまう。
祖師堂では僧3人が読経中で、1人は即死、1人は頭が破れ、1人は怪我をすると。
一 常徳寺門外の南の塀が倒れる。
本堂の屋根は半分以上めくれる。
松2本が倒れ、庫裡の屋根はめくれ、塀は少し壊れる。
一 松徳寺の門内には松12本があったが、その内10本が倒れる。
一 梅屋寺門内南の杉は真西に倒れる。
北では塀が残らず倒れる。
大杉3本、小杉4、5本が倒れる。
一 善昌寺大門南の垣根が倒れる。
門内の大松は倒れる。
また、本堂は残らず崩れる。
一 曹流寺では樹木が多く倒れ、門内は通行できず。
そのため門を閉めて人を入れず、
門に張札がある。
暴風のために通行できずと書き出す。
一 廣徳寺では松・杉合わせて14本が倒れる。
門外の塀は倒れる。
一 西蓮寺堂前西の大松が倒れる。
東の松2本が倒れ、垣根は残らず倒れる。
一 乾徳寺堂前西の松が倒れ、鐘楼の屋根は少し壊れる。
この寺北の裏の雑木数10本が倒れ、御下屋敷南、辰巳(南東)から西では通行を止める。
一 円教寺門内にあった松10本の内9本が倒れる。
堂前の松2本、樫3本が倒れる。
一 白山の樹木14、5本が倒れる。
拝殿の瓦が落ちる。
一 玄海乞食の家は大半が倒れたように見える。
3分ほどが残ると。
一 武平町、御園町の火の見が倒れる。
一 伏見町大林寺大門の杉7本が倒れたので、入って見るも詳しくわからず。
一 堀切筋西のふくらしバ(ソヨゴ)の大樹が3間ほど上から折れる。
一 巾下信行院鐘楼が崩れ、鐘が落ちる。
割れたともいうが、どうであろうか。
一 堀川通は材木・薪が吹き飛ばされて落ち、川は埋まってしまったように見える。
一 広井天王崎門の上り口の大松が折れる。
その他数10本が倒れる。
神主の家の塀は倒れる。
一 古渡新宮稲荷門外の大鳥居が倒れる。
神楽殿前の大松2本が倒れる。
神楽殿が崩れる。
手水鉢の屋根が崩れる。
社前の松1本、奥の塀側の大杉2本、社後ろの大杉2本が倒れ、末社と塀は少し壊れる。
このあたりの樹木は大半が倒れる。
塀側の諸木は数多く倒れ、表側の塀はことごとく倒れる。
一 榊森門内の大杉・大樅が同じところに倒れ、町家の屋根はかなり壊れる。
松1本が倒れ、折れたものも見かける。
鳥居1基が倒れる。
一 尾頭住吉社大門内へ沢観音境内から大榎2本が並んで倒れ、通行を止める。
門の杉5本が倒れる。
社前では杉2本、楓1本、その他折れた木も多い。
一 一の鳥居のかさ木(鳥居最上部の横木)のあかがね(銅)はめくれる。
もっともここだけでなく、二の鳥居、沢の鳥居、その他もことごとくめくれる。
一 沢観音本堂前の大松は折れ、本堂の屋根ならびに石灯籠2つが壊れる。
同本堂東の杉6本が倒れ、書院前の塀はことごとく崩れる。
弁天山あたりの諸木17、8本が倒れる。
山門内の大樅は倒れ、茶屋は崩れる。
同所の大松・杉・楓が倒れ、井戸の屋根が崩れる。
また、山門の外から弁天山への大松2本が倒れ、境の塀が崩れる。
楓・樫などもかなり折れる。
大杉1本・大松2本が倒れ、三十三所奉加所が崩れる。
同所大松は3間ほど上からねじれ折れる。
一 高蔵宮の森の東で大楠が倒れ、御仮殿が崩れる。
このあたりでも樫3本、杉3本ほどが倒れる。
また、森の入口南から大杉1本が北へ倒れる。
その上に北から杉1本が倒れる。
北では少し隔てて樫1本、南でも樫1本が倒れる。
また、楠の大枝が数多く折れる。
同じところの少し西では大松1本が倒れる。
このため通行を止める。
その西で大榎が倒れる。
また、西の鳥居前の松3本と樫1本が一緒に倒れ、跡には大きな穴が開く。
一 熱田大宮はとてもひどい荒れようである。
森の中で倒れた樹木の総数は、なかなか数え上げることができない。
おおよそ1000本も超えるかと。
そのあらましは、鎮皇門から北の築墻(垣根)外へ倒れ出た諸木は18本、そこから南へ行って見ると、大薬師から倒れ出た松・杉などが本社から倒れ出た木と重なり、神幸道は通行できず。
ここでは5、60本が倒れたように見える。
その上、近年建てた常夜灯は半数以上が倒れ、壊れたものも多い。
紀大夫社へ大杉が倒れる。
鎮皇門を入って見ると、道、通りへ倒れた大杉は14、5本ほどで、これに続いて南では大木がほとんど倒れる。
ここも通行は困難である。
そこから大宮へ行くと、四方の大樹はことごとく倒れるが、本宮には被害はなかった。
しかし、左王社は崩れる。
本社西の大松2本は重なって倒れる。
末社、稲荷社も壊れる。
樫と杉が倒れる。
これらの木は末社と末社の間に倒れ、社に被害はなかった。
また、末社・金社・月社の間で、周り3間ほどの大杉が3尺ばかり上から折れる。
清水社の側の樫1本が倒れる。
そこから本社の東では被害のあった木の数を数えるのも難しい。
さらに上にも倒れて通行できず。
5、60本も倒れているだろうか。
海蔵門内東では倒れた大木は数知れず。
その内の松1本が勅使殿の屋根に倒れ、少し壊れる。
数多くの樹木があるので中にはねじ折れ、あるいは裂けるなどして普段とは全く違う様子で、誠に恐ろしい気がする。
御門内西の大杉1本が神楽所へ倒れ、少し壊れる。
そこから門の外へ出ると御神馬の舎へ大松1本が倒れ、この家は半分以上が崩れる。
しかし、御神馬及び御番人に被害はなし。
また下馬橋の側の大楠大枝が折れる。
御神馬がいなくなったとの噂もある。
このあたり東の周り3間あまりの大松7本、その他杉・松が数多く倒れる。
その上、最近米会所から捧げた大灯籠も崩れる。
さて、風の吹いた日にはいつもの通り数多くの烏がねぐらにしようと飛んで来たが、大木が倒れてしまったのでどれもが行き場を失う。
これからも大樹がほとんど倒れてしまったことがうかがえる。
一 八剣宮門内北の杉2本が倒れ、末社が崩れる。
同所から大杉2本、樫1本が本社の東へ倒れ、廻廊の屋根が少し崩れる。
東御門南から松が倒れ、屋根にかなり壊れる。
南御門内西の大松が倒れ、金灯籠2基が崩れる。
ここから北では杉7本が倒れる。
このため手水鉢の屋根が崩れる。
また、末社が壊れる。
大樫1本が倒れ、神楽所が少し壊れる。
西の大松が倒れ、拝殿の屋根、井戸の屋根が崩れる。
他にも本社西から後ろ、さらに清雪門のあたりまで倒れた木の数はなかなか計り知れない。
一 南新宮鳥居北の大松が倒れ、通行が止まる。
このため八剣宮の塀が少し壊れる。
鳥居南の松の枝が折れる。
大銀杏が倒れる。
一 大福田東の大松が倒れ、社が崩れる。
また、大松2本が倒れる。
他に松1本が通りへ倒れ、これでも八剣宮の塀が少し壊れる。
一 日割社の大松2本が倒れ、松・杉・雑木10余本が倒れる。
一 浜端では殊の外高潮で、風が吹いている間は鳥居のあたりではおおよそ4尺5、6寸も水の深さがあったと。
このような高潮のため、西御殿塀の壁は洗ったように落ちてしまう。
また、御茶屋もかなり壊れ、桑名櫓とその側のその側の塀が少し残るだけで、残りは全て倒れてしまう。
しかし、北では門ならびに塀、橋はそのまま残る。
この潮で船を多く吹き上げたが、全て御浜御殿のあたりから浜の鳥居のあたりまで、平田という船11艘と四ツ乗5艘が吹き上げる。
また、東浦羽城のあたりには桑名通いの船1艘が吹き上がり、通行が止まるほどであった。
このあたりも床に水がつき、難儀すると。
また、この高潮で白鳥の御材木がかなり流され、新堀あたりでも流木が多い。
もっとも、昼夜とも見張りをつけて片付けると。
見ても聞いても古今稀な暴風で、前に記した寺社などの樹木も門を入って一目したことだけを記したのみ、裏や森林までも数に入れればどれだけになるであろうか。
今記したのは格段に目立つところのみである。
詳しく絵本暴風夢譲り、ここでは略す。
一 勝幡村西蓮寺と哉覧堂へ人が集まっていたところ、建物が倒れてたくさん死んでしまうと。
一 入江町長島町を西に入った野崎某の大松が倒れる。
一 天野四郎兵衛殿長屋・高塀が倒れ、馬が死ぬ。
一 御園野崎常之丞の長屋が倒れる。
往還町青木又三郎、代官町多羅尾喜一郎の長屋が倒れる。
あらまし以上。
(4-p48~p51)