名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

青窓紀聞

江戸城西の丸が火事となり、その修復用の材木です

天保9年。西丸御普請御用のため、尾張殿領分濃州・信州の山々から、桧その他御用材として伐り出した材木、ほとんどの板子・榑木を一緒に川を利用して下流に流すので、この場所から付知川・川上川・白川・荻曽川・玉滝川・飛騨川通・木曽川・錦織までの両岸…

不思議な話が2件

天保8年。一 8月23日、東懸所南広場南側の土塀は先日5日の激しい風雨でしばらく崩れたままであったが、この日、この土の中から男女2人が死んで埋まっているのを犬がくわえ出して大騒動になる。男は古渡伊勢山東の半右衛門の倅、女も同町の下女だとも、…

天保8年8月の暴風 その2

天保8年。一 万松寺は樹木が数多く倒れる。まず、本堂の前では、地蔵堂の側の周り2間半あまりもある大杉が1本倒れ、西の墓所の入口から塀、ならびに西の堂が少し壊れる。また桟門前東南の周り3間余りの大杉3本が倒れ、桟門屋根を激しく壊す。惣門から桟…

天保8年8月の暴風 その1

天保8年。天保8丁酉8月14日未明から東風が吹いて雨も降るが、早朝はこの風が特別強くなる様子もなく、雲も真西に流れて行き、風向きとは少し逆であった。そのため風が強くなるとは思えず、油断していると辰刻(午前7時)頃から次第に風が強くなり、巳…

かなりの天候不順

天保8年。一 3月29日明け方、御園町下長坂伝六郎屋敷で放火がある。長屋北の端の屋根裏が燃え上がり、柱、高塀も半分ほど焦げる。火の見は鐘を打たず、知れないようにする。ただし、不注意からの出火には見せかける。一 飢えての行き倒れがとても多く、…

天保は飢饉の年です

天保8年。一 1月5日、町方の役所で白米1升、銭200文ずつを施す。一 同14日朝、古渡橋の材惣小家で稲生伏越の出来上がった杁と亭休所(休憩所)などが焼失する。一 同19日昼八時(午後2時)、桜の町清水寺の門の彫物師兵蔵が留守の間に火燵から火…

福君は徳川斉温の後妻です

天保7年。一 記事なし。一 7月7日、日置あたりでかなり毛が降る(空から白い毛のようなものが降ってくること)。一 7月7日夜、土呂町西の小原屋という酒屋で浅野治部左衛門組の御中間藤三郎、・伊助・庄三郎という3人が酒を呑んでいたところ、女のこと…

川浚えってまるでお祭り

天保7年。一 5月6日、朝倉平八が揚り屋へ入る。一 同15日朝六時(午前6時)過ぎ、祢宜町新屋敷で火事がある。おおよそ50軒ほどが焼失する。一 堀川の川浚えを言いつけられ、6月24日から始まる。6月24日は中戸田道、広井下納屋。6月25日は花…

そりゃ祭と参勤交代が重なれば大騒ぎ

天保7年。一 1月19日、枇杷島の橋詰で4才になる子どもが車に追いかけられて逃げるが、轢かれて死ぬ。一 2月5日八半時(午前3時)、今年初めて雷が少し鳴る。一 笠松御代官が品川において腹を切る。一 2月6日・7日、大薬師で潅頂が行われる。一 2…

立派な蛇じゃないですか

天保6年。一 天保6年乙未閏7月9日、大野木村の蛇池から俗にいう蛇の天上(竜巻)なのか風や雨が激しく、雲を空に巻き上げ、雲の中に蛇の形が見えたと。このことについてある人が言うには、年支はわからないが、以前大野木村に名の知れぬ寺があり、その住…

この水害は人災だった

天保6年。天保6年未4月、濃州高須あたりの洪水の様子をその地の人から知らせた書簡の写し。瑞作(和歌だと懐紙に書かれた題や名前)などは略す。当地では洪水が度々あり、既に先月には5度も溢れた水が流れ込み、水中に沈んだ水門の深さが1尺(1尺は約…

このあたりは洪水が多い

天保6年。一 4月13日、濃州笠松、御家、高須が三か所が支配する杁(桶門)が抜けて(決壊)大洪水となり、笠松で拵えた杁は私欲に走るものが多かったので崩れたのではとこの度この杁下の村々の百姓が徒党を組み、笠松の庄屋を打ち壊したのは4、5千人と…

なぜ腹を切ってしまった

天保6年。一 1月1日晴天。一 2月初、矢場小畑源次郎奥方の密夫とのことで、宮孫倅の橘町裏鰻屋萬五郎の男根の毛を焼き、大いに爛れて死んでしまうと。この奥方も少々焼かれる。一 2月11日夜、桑名の富に出かけて帰る際、急な風に出くわし、古保田のあ…

東本願寺門主尾張立ち寄りのあれこれ

天保5年。一 3月27日出発した関東からの帰路、東本願寺門主へ疑念同行からの伺書の写。一 御嶽宿において、寺社・御勘定奉行へ、御門主から差し出した状の写。一 懸所において、御門主から疑念同行へ直接話された内容の二ケ条の写。一 同所において、下…

やっぱりできた人はどの時代にもいるもんだ

天保5年。一 先ごろ、私の御長屋□□(ママ)ならびに隣の熊谷の御長屋の作事のため石垣を取り崩したところ石垣の下から大きな蟇蛙が1匹這い出し、黄色い息を吹きかけた。日雇1人がこの息を吹きかけられて気絶し、肩に寄りかかって家に帰った。医師もよくわ…

かまぼこってあのかまぼこ、1枚持って井戸に落ちた?

天保5年。一 7月27日、大和屋小兵衛料理人がかまぼこ(?)1枚で井戸へ落ちる。一 8月6日、8日の熱田の馬の行事が行われ、同日御庭方中間が大酒を飲んで我をなくす。一 太田備後守殿が桑名で(ママ)一 8月14日から28日まで、古井光専寺におい…

心中した者は双子に生まれ変わるとも

天保5年。一 3月17日、三沢喜右衛門の僕が大酒を飲んで我をなくし、首をくくって死ぬ。一 4月17日、山車が戻る際、御園御門で本名某、異名車揖取唐人という者が輪がけ(車輪の覆い)と御門柱の間に挟まれて死ぬ。一 24日夜、小牧あたりの楽田で火事…

燃えては困るとはいえ、よく持ち出せた

天保5年。一 1月17日朝八半(午前3時)頃、古渡り米沢野横町の1軒が焼失する。米沢屋の酒桶21何石を運び出すと。一 2月1日明け方七時(午前4時)過ぎ、西の方の村で火事がある。火の見が鐘を打ったので寄場(火消の参集場所)もあり。(?原文:…

何とよくできた娘

天保4年。一 9月24日、法華寺町下吉田一成のところで御堂の照遠寺弟子と辰巳屋勘左衛門の女(娘)が心中する。一 9月27日、総見寺和尚の葬式が行われる。一 10月25日、夜九時(午前0時)、大地震がある。26日、小さな地震がある。一 11月末…

この新御殿のお方(徳川斉朝)、ドタキャンばかり

天保4年。一 6月1日、味間(味鋺)村で庄助という者が2人を切り殺して行方をくらます。一 6月晦日(29日)、幡野如山殿が判を偽造して逼塞になると。これは大御番頭格までなった人である。一 6月22日、御先手物頭高木鉄次郎が役を解かれる。これは…

昨日の敵は今日の友

天保4年。一 5月28日、太田雄蔵の碁会が若宮で行われる。七時(午後4時)過ぎまでで、それから挙会(打ち上げ?)が行われ、薮久雪組が現れる。隆治と蜂三、打たず。白木と半兵へ、半兵衛は病気で現れず。雄蔵と松次郎、また中断。一 6月に入り、熱田…

馬の塔なら倹約も関係ない

天保4年。一 4月18日頃、若宮門番とやらが夢で見たとのことで稲荷社を建立する。とても賑わい、烏境(境内)には祠が立派に出来上がり、百度石、手水鉢、井戸、その他にも立派に出来上がる。5月3日に遷宮を行い、大いに賑わう。連理稲荷と言う。一 伏…

きっと多額の寄付を求められる

天保4年。一 2月19日から晦日(30日)まで、植田福泉寺において常州完戸外森山唯信寺祖師御真影を開帳する。廿四輩(親鸞聖人の24人の高弟)の廿二番。一 2月17日から4月6日まで、知多郡岡田慈雲寺で本尊観音を開帳する。一 2月18日から4月…

門主が名古屋に立ち寄るかで大騒ぎ

天保4年。一 正月寺社奉行から東懸所へ話された写し。東本願寺懸所 輪番へ。この春、両御門主が関東へ参向し、帰路で懸所へ立ち寄り、2、3日逗留することは旧例の通りで懸所にまかせると伝えたところであるが、騒気の一件がいまだ決着していないので、場…

庶民のうさ晴らし

天保3年。天保二卯冬御役人の評判。下職(人の元で働くこと)の無念でごうてき(強敵、敵対者)に叱られたのは棟梁と 成隼。あの仕打ちで親類がよくうなずいて見ていると噂されるのは白鼠の伴頭(番頭)と 竹腰。今時話しても仕方がないのは秦の時代の天下…

朝鮮や琉球からの使者が通ると大騒ぎ

天保3年。9月、熱田大宮神楽殿に魚之棚の料理屋からの滅金(昔の金メッキ)の大画馬(大絵馬)が上る。とても見事なものである。先年の加茂の競馬の図を織物で奉納した物と同じくらい見事さである。10月5日、矢田村で火事がある。巾下の火の見が鐘を打…

昔は行商の人が道端で売ってたなあ

天保3年。8月1日頃、乞食が川に流される。近頃、あついたせんべい(厚板煎餅、国会図書館のデジタルコレクションで検索すると出てきます)を売りにやって来た男が1人いる。名府(名古屋)の町中、武士町その他どこであろうと毎日売り歩き、子どもでさえ…

竹は花が咲いて実がなると枯れてしまう

天保3年。6月、14、5才の小僧が自分は弘法だと言って市中を徘徊し、過去の話をして人をたぶらかし、自分を人に持ち上げさせるととても軽く、もう一度持ち上げさせると3、4人でも持ち上がらないほど重くなる。全くいい加減で憎らしいにもほどがある。…

津島は大賑わい

天保3年。6月、何日も雨が降り続くので天王祭が次々と延期になる。巾下出来町は2日。片端試楽は15日、無事終わる。同朝祭は18日。若宮車は18日。清須花火は18日。津島15日、無事終わる。堀川天王祭は18日。津島へのおかげ参りというものが5…

善光寺がにぎわえば、伊勢神宮は静かになる

天保3年。4月2日、千代村の者が乱心して自分の女房を切り殺すと。4月10日、北町屋村で一向宗の住持の僧と庄屋の間にいざこざがあり、僧は庄屋を切り殺して自殺したが、庄屋は命に別条がなかった。4月6日に市谷で御能が行われる。これは昨年冬に中納…