名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

井戸の中に有毒ガス

天保2年。
3月3日より4月12日まで、栄国寺において白山権現本地仏観音ならびに霊宝を弘通する。

4月23日、笠松で龍が天上し(竜巻が起こり)、大騒動になると。
岐阜田代円城寺などでもいろいろと騒ぎがあり、船などが松の枝にかかり、大木は倒れ、家も大いに破損すると。

4月、久屋下一色某の隠居が腹を切ると。
もっとも内々に済ませると。
同6日、鍛冶屋町大坂千村某の子6才が裏の池で死んでいると。

成瀬豊前守殿が3月□(ママ)日500石の加増地を拝領し、都合3500石となる。
加判を勤めた年数は16年ということだが、先年加判を免じられて以来久々に役勤めとなると。
近年加判を再び勤める際は筆頭を仰せ付けられる。
5月4日、江戸において鈴木丹後守殿500石の加増され、都合3000石となる。
文化六巳年から加判を勤められると。

4月26日、長畔で首をくくった者がある。

5月初め、伝馬町筋御園東へ入る山屋清助が自殺する。
おかしな話もある。

同14日暁、赤塚町永楽屋伝左衛門の妾の家である小牧町囲妾のところから火が出て8軒が焼失する。
牛問屋の向かいである。

6月末、日置桝屋別家(分家)立田家の店の者が川で水遊びをしていて溺死する。

6月末、猟師3人が殺される事件がある。

5月20日、市谷御玄関前に雷が落ちる。
大きな椴(とど)の木が折れ、麹町御屋敷御長屋下成瀬尻家伊勢屋の子ども2人、小僧2人、番頭1人、軒下で雨宿りをしていたざる売の合わせて7人が雷に打たれる。
その他江戸中で激しい雷と。

7月18日昼頃、日置桝屋裏の間にある道の7軒が焼失する。
同じ頃伝馬町東米屋の何某の家でたくわん漬売の倅が雪駄の片方を古井戸に落としたので、こまざら(細杷い)でかき出しているうちに井戸の中に入って落ちてしまったので、米屋の番頭がはしごをかけて助けに入ったところ、はしごのまま井戸の中に入って落ちてしまったので井堀師を呼んだところ、井堀師は中には入ってはいけないと外から掘って中へ入り死骸を出すと。
これは火事の最中のこと。

同じ頃、七間町でもまま(乳母)1人が井戸車に吊りこまれ、子とともに即死する。
井戸車は瀬戸物だったと。

7月20日、前津で火事だと騒いでいたところ、山崎村と聞いて静まる。
実は鳴海宿でのこと。

8月、丸米野村で傅(守)の女が子ども1人をから臼の中に落とし、米つきは気づかずに舂き殺す。

8月15日より28日まで、南寺町清安寺で、知多郡平島村長益像、宝国寺什宝を弘通する。
長益は僧で無実の罪をきせられると。
願いが叶うので随分流行ると。

この頃、栄国寺で当摩中将姫曼荼羅縁起会が行われる。

8月21日、1人が火あぶりとなる。
先年志水で自分の家に火をつけた婆である。

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