名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

この吉見さんの指示はいかがなものか

正徳3年3月23日。
石枕の稲荷をこの度新たに建てた地へ仮遷座する。
申刻(午後3時)に出発し、亥刻(午後9時)過ぎに到着する。
吉見刑部が束帯で乗物に乗って供をする。
足軽頭森本孫介は上下で馬に乗って足軽と共に供をする。
城下の祢宜7人は祭礼の時の狩衣を着て供をする。
6里(1里は約4キロ)余りのところ、長柄をさしかけさせたけれど、上手くいかなかった。
頭を下げるほどの大雨でずぶ濡れになり、三谷若狭は滑って泥田へ落ち、狩衣は泥まみれになってしまった。
その他社家の着た狩衣は役に立たないほど汚れ、指貫(さしぬき)は真っ黒になってしまった。
白丁を着た者の中には脱がずに大便をした者もおり、糞を白丁にしっかりと包み込んだ者も1人いた。
全て雨に翻弄され、下々にいたるまではなはだ空腹で迷惑したと云々。
全て吉見の指図で、路傍の糞坑などを埋めさせ、また蓋をさせ、目につくところでの火を禁じ、地蔵ならびに石塔なども倒させ、三昧(墓)を囲わせ、辻番所の火も外に見えないように固く覆わせ、同じく大小便壺を埋めさせ、厠を囲わせるなどいろいろなことがあった。
道すがら蒔く散米も甚だしいと。