名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

寛大な措置

正徳5年10月18日。
行赦が4人あり、法事が終わる。
名代は駿河守(大道寺)が勤める。
紀州様からの使者は寄合下条伊兵衛。
侍9人、中間22人、乗馬1疋。
御香典は銀20枚、御香典属は足軽吉田弥五七、御目録持中間1人、持人同3人。
御馳走懸りは沢井織部、御通衆3人は新御番衆、御茶道1人、御広間1人。
水戸様からは御近習供役鵜殿藤八郎。
侍2人、中間13日。
御香典は銀10枚、御香典属は足軽小貫半平、持人1人。
御馳走懸りは小瀬新右衛門、御通衆3人は新御番衆、御茶道1人、御広間1人。
松平安藝守殿からは先手物頭役蒲生斎。
侍9人、中間17人、乗馬1疋。
御香典は銀20枚、御香典属足軽辻川只右衛門、中間3人。
御馳走懸り稲葉九郎左衛門。
法事が終わり、瑞祥院様(徳川吉通正室)が千姫様と建中寺を詣でる。

信濃の孫九郎という者が馬に乗ってやって来ると、向こうからやって来た車に驚き、千村平右前の制札の柱を折ってしまう。
このため辻番が現れて、ここに留める。
馬は断りを入れ、先へやる。
孫九郎は久屋の白木屋一郎左衛門のところに置き、御屋敷奉行から御目付へ伝えたところ処罰はなく、孫九郎を帰す。