2025-09-18から1日間の記事一覧
享保2年9月29日。近頃、西郷弥左衛門妹が馬場新七へ嫁いだ。恒河左五兵衛が押乗(後方の護衛)をしていたが、馬が駆け出して乗物をけ破り、真妙の娘を蹴り倒した。真妙の女は気を失い、借りて着ていた物は3ヶ所が裂けた。左五兵も落馬し、上下が引き裂…
享保2年9月25日。壱岐守(竹腰)の米は3斗9升。銭は700の口(手数料)30文を抜く。昼から文左衛門は一家で弥四へ出かける。治兵夫婦とともに長久寺へ出かける。善福院の案内で菊を見てから帰り、夕飯を頂く。夕暮れに家へ帰る。
享保2年9月23日。申(午後3時)前、役所帰りに文左衛門は市に立ち寄る。蒲焼などで酒を頂く。近頃、肴を見かけない。鯐は10で450文・さはら(鰆)は1本で金3分と云々。弥四郎は25日に永安寺で鰡1本を350文で百姓が買っていくのを見かける…
享保2年9月22日。鷹場庄内は少将のところでもなく、今は誰かに下された場所ではない。鷹場と交じり合いどうしようもない状態となっている。鷹嫌いの御老中などは税を取って百姓に請け負わせ、魚や鳥を獲っている。いまだに公が御下・御深井の他へ出かけ…
享保2年9月15日。出仕はなし。御条目を武井四郎左衛門が読み、物頭以上が登城する。その他は未(午後1時)頃までに登城するようにと。いつもの通り御書院番所の前に張る。火事の御定が3度出る。これは寅の間の東北に張る。近頃、あちこちに売人宿を追…
享保2年9月14日。11日の朝、鈴鹿山明神の側で伊与西条の百姓2人がゴマの灰(盗賊)に切られ、1人はすぐに死んでしまう。1人はまだ死なず。公事訴訟のことで2、3年江戸に出かけており、この度国元に帰るところで。
享保2年9月10日。明日11日、天王正遷宮とのことで、この夜子の刻(午後11時)から行われる。名代などはなし。弥次太夫二男が直接願い出て召し出されたことがあり、近頃、御側にある輩全て願いなどを直接申し上げないようにとの書付がある。
享保2年9月8日。安藝への使者として土屋左之右衛門が名古屋を出発する。4日に仰せつけられる。安藝殿の室が江戸で7月23日に男の子を産んでおり、29日夜が七夜。安藝殿が在国のため。
享保2年9月6日。岐阜御供帳が出る。9月11日岐阜御供の衆。高杉惣左衛門・大塚金弥・丹羽織江・水野膳司・中尾浅之進・大村沢之丞・山崎豊之丞・中山三次郎・神谷繁之丞・元徳・宗元・千村善兵衛・石川理左衛門・羽鳥伊左衛門・杉山三右衛門・多羅尾権…
享保2年9月5日。米は4斗8升ほど。
享保2年9月1日。大須で十三郎の狂言が行われる。23人の観客と云々。昼過ぎに終わる。
享保2年9月5日。建中寺を長上下で参詣する。敬公(徳川義直)・瑞公(徳川光友)・泰公(徳川綱誠)・円公(徳川吉通)・真公(徳川五郎太)の廟をまわり、霊屋で終わる。享保2年9月8日。参詣の間は雨が降らず、三の丸五仏殿で終わる。享保2年9月1…
享保2年9月1日。快晴。享保2年9月4日。巳(午前9時)前から快晴となる。享保2年9月6日。曇。巳(午前9時)頃、小雨のようだが止む。未(午後1時)過ぎから晴れる。享保2年9月7日。快晴。深夜、雨が降ったり止んだり。享保2年9月8日。時々…