享保2年9月29日。
近頃、西郷弥左衛門妹が馬場新七へ嫁いだ。
恒河左五兵衛が押乗(後方の護衛)をしていたが、馬が駆け出して乗物をけ破り、真妙の娘を蹴り倒した。
真妙の女は気を失い、借りて着ていた物は3ヶ所が裂けた。
左五兵も落馬し、上下が引き裂かれたと云々。
翌日のこの乗物を親里へ吊り戻し、修理したとか。
嫁入りの翌日に乗物を吊り戻すのは不吉と云々。
9月初め、伊勢町山下里右衛門が妾に会いに来た女に溺れ、出会ってからは召仕えさせようとしたが叶わなかった。
このため若党の髪を切り、自分も切る。
妾も髪を自ら切って舅山下弥三右衛門のところに走り込む。
酒に狂うなどどうしようもない。
9月19日、花井七左衛門が死ぬ。
男の子2人も近頃死ぬ。
全員痢病であった。
父も11月3日に死ぬ。
七左衛門の妻は乱心のようになると。