2024-11-05から1日間の記事一覧
正徳3年1月30日。濃州蜂屋村で百姓が金持ちの老尼を殺すと云々。近頃、大井村甚右衛門が牢で病死する。
正徳3年1月28日。昨年冬、津守様(松平義行)の金250両が返済されなかったので巾下蝦屋町むかでや(百足屋)清左衛門とかが近頃預けられると云々。2月の末のところを見るように。この日の頃だろうか、新田庄屋源右衛門が借屋の大工を勢州の山の中か…
正徳3年1月27日。文左衛門は八弥と共に寄合から市へ行き、酒を頂く。巳半(午前10時)、一の鳥居へ行き、操りを見る。演目はこもち山うば(嫗山姥)。去年聞いたのと同じでおかしな吟(節)が度々出る。これで難波のことを思い出す。酒と食事で満腹と…
正徳3年1月25日。行赦が2人ある。近頃、上田伴右衛門が米を6斗5升で求めるが、山城守米は6斗以内と云々。
正徳3年1月22日。本多作内が江戸へ召される。2月7日に出発するはずである。猪股小平七父子が2、3日前に名古屋へ到着する。首尾がよくないと云々。法花寺町常徳寺はとても我儘この上なく、円光東漸を猿猴唐犬と嘲り、勅授した号を遠慮することなく悪…
正徳3年1月21日。法事の間は音曲・鳴物を止め、物静かにするようにとの廻文がある。
正徳3年1月18日。先給先請の廻文がある。翌日から一の鳥井のあたりで操りが行われる。演者は豊竹源大夫、多賀権大夫、三弦は竹沢三糸。この日、長屋六左衛門が師役の誓いをする。昨年冬に長屋竹之亟の後見を仰せ付けられていた。近頃、夕方に禅寺町大工…
正徳3年1月17日。主水宅で法事が行われる。役人が言いつけられ、荘厳奉行は横井頼母・小瀬新右衛門が勤める。
正徳3年1月16日。本重町の新しい通り抜けで放火がある。またまた詮議が行われる。この日町の者を奉行所から呼んだところ、1人が行方をくらます。このためこの者の犯行とわかり、家主の新田庄屋源右衛門に命じて尋ねさせる。後に尋ねに出る。
正徳3年1月14日。飛騨守が尾張を出発し江戸へ向かう。広小路で板取の民30人余りが駕籠に近づいて直訴をする。駕籠を止め、委細を聞き、書きつけられると云々。捨て置かないと直ちに申されたので、民は感激して涙を流す。少し前にもこの民たちは大勢で…
正徳3年1月13日。甚目寺のあたり二ツ寺村の70ばかり百姓を難(儺)負(神男)として捕まえる。夜は板囲いの中に入れて錠をしていたが、どこから抜け出したのか逃げ出し、3里(1里は約4キロ)ばかり行き、背負った人形・土餅などを捨て置く。
正徳3年1月12日。辰刻(午前7時)、稲荷(古渡稲荷)の棟上げが行われる。
正徳3年1月6日。新五左衛門から水右衛門へ結納まで済ませたけれど、孕み、かつ逐電したので離別した。出雲守様今井水右衛門は実子がなく、妻の甥である市村六郎左衛門の二男を養い、今井次郎大夫とし、嫡女を嫁がせて家督を譲ろうとした。しかし、次郎大…
正徳3年1月2日。出来町石原蠋隠隠居所の前に小さな立石7つがあった。「石原がたくみし石は六蔵残るひとつはおのが石塔」と長屋の白壁にはっきりと記してあった。このため壁を板で囲ってしまった。これは元日の朝のこととも昨年冬のこととも。
正徳3年1月1日。快晴。寒い。夜更けに雨が降る。正徳3年1月2日。雪が降る。卯半(午前6時)から雪が止んで晴れる。巳(午前10時)前後、また雪が降ってまた晴れる。正徳3年1月3日。快晴。穏やかで暖かい。ただし、朝の間は寒い。正徳3年1月7…