天保4年。
一 4月18日頃、若宮門番とやらが夢で見たとのことで稲荷社を建立する。
とても賑わい、烏境(境内)には祠が立派に出来上がり、百度石、手水鉢、井戸、その他にも立派に出来上がる。
5月3日に遷宮を行い、大いに賑わう。
連理稲荷と言う。
一 伏見町三丁目大工米蔵の小僧が、木の根に大黒点があるとの夢を見て掘ると現れ、、また夢を見ると台が現れると。
一 5月に入り、大津町桜之町角の本願寺宗東派光円寺の坊主が幟を切る(?)。
一 5月6日頃、池田町辰巳正吉妾が常徳寺塔頭慈雲院(ママ)
一 同じ頃、武平町下で小笠原慶次郎が百姓を叩き殺すと。
一 この度四段伊東蜂三郎・五段伊藤松次郎・三段加藤隆次郎は町組を離れ、帯刀碁打という身分になるので、祝会を5月20日に大須で行われ、ちょうど江戸の五段太田雄蔵27歳も来ていたので大垣藤田半兵衛なども出席する。
互先(ハンデのない勝負)。
松次郎と先番雄蔵、71手までで中断。
隆次郎と半兵衛、74手までで中断、四目勝。
先番伊東安二郎と青山鎌治。
青山鎌治と信州の人出初段であろう白木虎之介。
一 浅井董太郎が薬品会(品評会)を行う。
色々と品が出る。
一 5月18日、馬の塔がかなり出る。
この時少々倹約を破り、龍門絹(高価な絹織物)などいろいろある。
その中に、ぎねんよぎねんよそう気かもりハとこへた小山をこえて材惣へた材惣のみやけに何もらふたきんの丁子ニ金もらふた。
これは過料(罰金)の一件である。
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