名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

昨日の敵は今日の友

天保4年。
一 5月28日、太田雄蔵の碁会が若宮で行われる。
七時(午後4時)過ぎまでで、それから挙会(打ち上げ?)が行われ、薮久雪組が現れる。
隆治と蜂三、打たず。
白木と半兵へ、半兵衛は病気で現れず。
雄蔵と松次郎、また中断。

一 6月に入り、熱田伝馬町銭屋の息子が大病となり、山伏に祈祷料12両の内8両を持って行ったところたちまち全快し、近所に礼に出かけるが、帰ってから急に死去する。
医者によるとこれは1、2日も前に死んでいたと云々。
はなはだ不思議なことである。

一 6月11日、小田井祭が行われる。
13日新御殿様が御覧になるはずのところ、急に延期されて来月までそのままにしておくように(ママ)

一 同15日夜、片端東楽(車楽か?だし)の信楽(試楽か?)が終わる。

一 同16日雨天、若宮の朝祭(本祭)が延期される。

一 同17日雨、また延期される。

一 同18日小雨で曇天、何とか終える。

一 毛利徳太郎殿の妾2人が寵愛を争う中、母親からある時14歳の少女を使いにして物を送ると徳太郎殿の目に留まり、頼んでもらい受けると寵愛を受け、2人の妾の寵愛は薄くなり、この2人は急に仲良くなって示し合わせ、主人の留守に1人が少女を絞め殺すと。
主人は帰って来て怒り、2人を親元へ送って療養するよう仰せ付けられたところ、やはり屋敷に少女がいて親密だと。
おかしなことである。

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