名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

奉公人の鏡

享保2年10月19日。
大森与吉が十人組となる。
この者は但馬様(松平友著)御用達善右衛門の弟で、今までは十人衆見習出入の浪人であった。

江戸岡町甚右衛門召仕藤八は主人(甚右衛門)の貧しさを嘆き、自らの股を1寸(1寸は約3センチ)ほどはぎ、大根に包んで上野元三大師へ主人が一度富を手にすることができたら命を捨てても悔いはないという願書を奉納する。
20日に門主から寺社奉行へ遣わされる。
藤八は牢に入る。
いろいろ詮議し、甚右衛門は昨年争いがあった際に甚右衛門が正しかったにもかかわらず、相手が奉行に賄賂を贈ったため負けてしまった。
それから困窮してしまった。
そのことを尋ねられたが甚右衛門は話すことではないと言って、その時の相手の不届きや奉行のなどの賄賂のことはついに話さなかった。
11月14日に藤八は牢を出る。
イに10月14日と云々。
それならば願書は9月14日か。
甚右衛門には米300俵が下される。
藤八は町奉行3人から金10両ずつ頂く。
この前には主人のためにわが身を生き胴の様として売ろうとしたけれど買う者がいなかったと云々。