正徳4年12月28日。
近頃、疱瘡が流行る。
円覚院様(徳川吉通)の葬送・廟・霊屋の用務を務めたことで御普請奉行・御作事奉行甚左・丹左、御屋敷奉行安藤加兵衛・津金庄助などに褒美が下される。
加平治などは文左衛門などと一緒に夕暮れに安左で申し渡される。
御普請奉行2人にはこの他に役所でのやりくりが上手であったと銀5枚が下される。
御蔵で切米などが250番まで渡される。
その他江戸の分は残らず渡される。
小塩円右衛門に42両を渡し、その後帯金左近右衛門の者に42両を渡したところ、円右衛門の者が左近右衛門の者に62両だったか云々。
左近右衛門の者が金を手に入れたことをとがめると、私は永らく奉公し、主人の出世もありがたいと云々。
今日の支払併せて20両が不足し、見つからなかったので円右衛門の者になぜ62両と言ったと問い詰めると、別に意味はないと云々。
御蔵の決まりと裸にし、鼻紙袋まで調べたけれど42両しかなかったと云々。
この詮議のためにこの日請け取った家来は何れも夜まで留め置かれた。
いろいろと吟味したけれどわからなかった。