名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

そんな時に処罰される人も

享保1年10月22日。
アグリは明け方から熱が下がり、下痢も止まる。
しかし、食欲はなく時々どうしようどうしようと言う。
朝、髪を結わせ、紅をさす。
アグリの声を聞くに堪えず、また顔色も悪くて症状もすぐれないので巳(午前9時)前に玄瑞を呼ぶ。
熱も昨日より下がり、脈も昨夜のように荒くないので大丈夫と。
体や腹に痛みがあるために顔色などが悪くなることが時々あるかと云々。
巳(午前9時)頃、熱がまた上がり、2度吐く。
黄色い吐いたものの中には飯粒が消化されずにある。
その他白いなめが交じる。
巳(午前9時)過ぎ、雑炊を1杯元気に食べる。
昼過ぎ、続けて2度下痢をする。
その後、白粥を少し食べる。
未(午後1時)前少し吐く。
そしてまた吐く。いずれも水が交じる。
1日に9度。
夕暮れ頃に粥を少し、日が暮れて大根汁の大根を少しそえて飯を食べる。
夜中に9度大便をする。
このうち3度は黄色い固まったものがある。
その他は水交じりの卵をつぶしたようなもの。
夕暮れ前から夜にかけて腹が痛い、どうしようもない、どうすればどうすればと言って暴れる。
聞くに堪えられず。
何とか薬を飲ませる。
薬はよく飲む。
焼塩でだんし(湿布)などをするとやがてよくなる。
夜中に目が覚めると痛い痛い、困ったと言う。
弥四郎夫婦は寅半(午前4時)に帰る。
朝と晩に玄瑞がやって来る。

壱岐守(竹腰)衆小曽戸半六に暇を出す。
長らく番にも出ず、いつ出てくるのかもわからず、かなりの困窮のため暇を下されると云々。
一昨年夏から勤めに出ておらず、家には戸障子や敷物まで何もなかった。

中小姓浅田弁右衛門・馬医松本助右衛門の2人に言いつけがあり暇を出す。
この日中に屋敷を差し出すようにと。