名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

文左衛門も人の親

享保1年10月23日。
アグリは朝起きて食事を少し食べ、気分もよいのか足袋を買いにやり、足袋を履いて歓び、手水を使って髪を結わせ、紅をさし着物を着て位牌の前まで歩き、いかにも気分が良さそう。
しばらくするとまた腹が痛いと言う。
下痢がぶり返す。
その後、気分もすぐれず。
昼前までに9度少し大便をする。
昼前には弱った弱ったと言う。
その後、気分よく寝入り、未(午後1時)前に目覚めて少し大便をする。
負われても気分はすぐれず。
しかし、これまでより大便の間が長くなる。
夕暮れ前玄端がやって来て、脈が今朝と変わらず良いと云々。
森存安もやって来て心配すことはないと云々。
近頃このような病気が流行っていると云々。
夜になって飯を3口ほど食べる。
2回大便をしたいと言うがとても少なく、していないと言ってもよいほど。
それから良くなったのか大便はしない。
夜、よく乳を吸って寝入る。
時々腹が痛いと言うが、あぶりつぎ(焼塩を布でくるんだもの、温湿布)などで温めると良くなる。
文左衛門は今までのことを思い出して筆も取れず、ものが手につかず、食欲もなく、ため息をつくが、毅然として微笑む。
弥四夫婦は泊まっていく。
明け方前に腹が痛いと騒ぐので薬などを飲むが、さほどひどくはならず。