正徳4年12月29日。
文左衛門は年末の2分(2割)の米を源助に頼み、1両で4斗8升で売払う。
銭は1両で3貫200。
1分で812、3文。
切賃は70文。
餅米は1両で4斗7升。
文左衛門は弥四から大豆を買い求める。
1両で5斗5合ずつ。
肴も少なく高値であった。
鱈が多く出回っていたが、質が良くなかった。
鯨などはなかった。
23日、蛯江弥左衛門が妻を迎える。
その頃のことだろうか、春日井郡間々村に夫婦住まいの百姓がいたが、夜の間に米槌で頭を打って殺されていた。
庄屋と百姓が手形をして小牧の旦那でもない寺に病死として葬った。
このことが早速知れ、弥左衛門の百姓も預けられた。
宮後(みやうしろ)村とやな(山名)村の者が2人で殺したことがわかり、まもなく牢に入る。
小牧の寺は西源寺と。