2024-07-12 金があるとこにはある 鸚鵡籠中記 宝永7年8月18日。油屋助九郎は惣領を亡くし、遺金400両ばかりで沢の観音堂に趣向を凝らすというので大工・鋸引きなどが多く集まった。300両を使うと云々。今までの堂を後ろに曳いて前に堂を作り、椽をつけ、西の方の見晴らしをよくすると云々。本堂仏壇の西の方に開基の放曠などの像があった。そのそばには医者の木像があり、脇差を差していた。亀仙院前法橋妙応と云々。これは油屋少春であった。