名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

人が苦しむと宗教は流行る

文政13年。
2月21日から3月12日まで、栄国寺で嵯峨釈尊写し、善光寺一光三尊仏を開帳する。

3月23日から閏13日まで、荒子村蓮位寺で三河三ケ寺野寺本証寺の宝物を弘通する。

□(ママ)□(ママ)日より児玉村観音寺で観音を開帳する。
大いに賑わい、清寿院での住吉踊、引越興業を行う。

3月□(ママ)日から、沢妙安寺で観音を開帳する。

3月□(ママ)日から、萱屋町観音で開帳を行う。

3月□(ママ)日から、白山村円福寺で開帳を行う。

3月□(ママ)日から、東杉村心入寺、久国寺で開帳を行う。

3月□(ママ)日から、小幡村長慶寺で開帳を行う。

閏3月頃から伊勢おかげ参りということが流行し、この度は阿波国に御札が降ったことから始まり、近国にも御札が降ると。
名古屋でも閏月21日に鍋屋町、杉の町、元重町などへ御祓が降り、23日上畠裏御先手組に降り、熱田はその後追々と降り、志水八王子ならびに坂下へ降り、27日正万寺町三蔵へ7枚、28日七間町七丁目板屋駒吉へ、本町・茶屋町などへも降り、29日までに町方へ報告では全部で520ケ所あまりに降ると。
おおよそは次の図の如し。
(図略)
それ、珍しいことと町中の老若男女に子僧下女に至るまでそれぞれの主や親に話して参詣する者もある。
また抜け参りをする者もとても多い。
衣装を揃え、倹約の時節にもかかわらずいろいろと趣向を凝らすと。
この頃、諸国からの参詣の者で本町筋は夕方には大混雑と。
そのため旅人施行(救済)のため若者連中が駕籠を数百挺用意し、七五三(しめ縄)や水引を張るなどして陽気に吊って行く。
その他わらんし(草鞋)・はな(鼻)紙・焼飯・薬・膏薬・柿団扇・やうし(楊枝)・はみかき(歯磨き)・粥・銭など施行宿がいくらでもある。
この節に流行った団扇・手拭いは次の如し。
(図略)
施行駕籠の図は次の如し。
(図略)

おかげ参りは、60年前の明和七寅の年にも今回のように流行ると。
その際も大流行のようで、明和作の戯作書が多く埋もれていたのを今回見つけ出し、世間で大流行することもある。
またこの度もいろいろな戯作書がたくさん書かれ、出版されるものも多い。
降った御祓の中から評定所内御納戸役所へ降ったものを吟味したところ、御中間の中で吹矢で吹いたと。
これまで降ったものの多くはこの者が吹いたと。
畿内を始め近国・西国では夥しく、後で東国あたりでも段々参ると。
道中の宿ではいろいろと接待がある。
桑名から先では格別接待も多く、宿屋も込み合うと。
毎日、内外両宮の賽銭は筵を楯にして数十盃になると。
日本の銭相場に影響すると。
まさに伊勢の地の鯨突である。

閏月21日、土器野において出切(獄門)が行われる。
これは去る丑4月15日、地方組の者が密通の上に下女を殺したもので、男女2人とも。

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