文政13年。
1月15日、熱田で射的が始まる。
前中納言様が御覧になるが、もっとも御透見(簾ごしなどにこっそりと見ること)なので人を制止することはなし。
大薬師内高塀の中に御覧所の御幕張が出来上がり、御簾がかかる。
翌年からは東の方で立って御覧になる。
1月14日夜六半時(午後7時)過ぎから、前津幸益長屋、飴屋町天王から北を少し東へ入ったところから火が出る。
北側12、3軒が焼失する。
この日、御使番1人が落馬し、大怪我をすると。
熱田大薬師医王院の大山し(師?)通天法印は先ごろ寺を出ての隠居を仰せ付けられ、後住堯岳法印が昨夏病死した際には、この通天の残党は神宮寺へ立ち入らないよう言いつけられた。
そのため昨12月中旬にこの通天は八幡社家東竹家へ養子に入り、渡辺兵庫殿の娘をもらい受け、この嫁入りの際は金紋先箱、女中乗物ははなはだ華やかであったと。
この頃、切支丹残党を厳しく詮議する。
公儀の触が出る。
今年、瀬田甚内の稽古初めで、門人中の御城代組某の3匁の鉄砲がはじけ、指が全て飛ばされて半死半生と。
3月24日から閏月28日まで継鹿尾山八葉蓮台寺で千手観音を開帳する。
3月2日から閏月2日まで、荒古村(荒子村)観音寺で本尊観音を開帳する。
3月24日から閏月28日まで、豊場村常安寺で本尊釈迦仏を開帳する。
2月13日から4月17日まで、龍泉寺で聖観音を開帳する。
3月13日から閏月17日まで、木ケ崎長母寺で観世音を開帳する。
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