2025-08-05から1日間の記事一覧
享保1年9月29日。建中寺で瑞竜院様(徳川光友)の17回忌の法事を言いつけられる。御馳走奉行は鈴木主殿・津田六郎兵衛・平岩七大夫が勤める。近頃、侍の屋敷に運上方支配の鳥見の者が廻り、鳶・烏の巣があれば巣立つ前に運上方へ知らせるようにと云々…
享保1年9月28日。内藤喜左衛門が江戸へ出発する。
享保1年9月25日。文左衛門の昨年秋の3分(3割)を5斗7升の買留で源助に頼んで売る。2両を請け取る。
享保1年9月23日。文左衛門の米は両で5斗3升または5合ぐらい。銭は1分で716文に替える。手数料は40文。
享保1年9月22日。評定所に御直衆を1役1人ずつ呼び、両年の買留金を下されるとの書付が渡される。文左衛門などには小頭から廻状で知らされる。評定所では御目付高木小兵衛が1通ずつ渡す。
享保1年9月17日。この朝、佐々木岡右衛門が馬屋の者を叱り、鳶口で目を叩きつける。馬屋の者は血を流し、中嶋兵左へ駆け込む。
享保1年9月15日。夜、相応寺前の神明で神楽が行われる。松平讃岐守様が熱田に泊まる。戌(午後7時)過ぎに到着する。見物にやって来た輩では見物できなかった者が多かった。本陣に入る。供応は受けられず。畠山下総守は屋敷に入る。渡辺新左衛門殿が供…
享保1年9月14日。夜、文左衛門は風笑とともに大曽根天道と八幡の祭へ出かける。提灯をたくさん灯し、人が多く集まっていた。両所で神楽・鈴の舞が行われた。銭3貫から口(手数料)70文を抜く。
享保1年9月13日。一昨日か昨日のことか、御通番伊那源蔵が休憩所で挟箱を失くした。衣服・火事羽織などおよそ10両を超える品物が入っていたと。詮議が行われるが、後々までわからず。公方様からの言いつけがある。御三家様の休憩所は万事不自由がない…
享保1年9月11日。蔵王の祭礼で湯立が行われる。
享保1年9月10日。近頃、近藤分左衛門の子ども2人と向かいの石川竹右衛門の子ども2人が一緒に門の外で遊んでおり、それから家に戻ると次々に急病で4人とも死んでしまう。毒に中ったかと云々。
享保1年9月9日。御比丘尼所附の中間林右衛門も牢に入る。今年4月までの扶持は下され、切米は牢に入ってからは下されないこととなる。諸々の費用は御下屋敷奉行2人から出されるはず。
享保1年9月8日。文左衛門の米は5斗8升。銭3貫から口(手数料)10文をぬく。
享保1年9月5日。申刻(午後3時)、笠寺の開帳が終わる。この年からこの日には守山で踊り・狂言などが行われる。
享保1年9月3日。文左衛門は辰8刻(午前8相半過ぎ)から甚左と一緒に天王から熱田を参る。道々で酒を頂いて戻り、平介へ立ち寄り、かまぼこ・松たけの吸物で酒を頂く。楽しみ、日が暮れてから戻る。大須十三郎の狂言がこの日で終わる。彼岸の間のはずが…
享保1年9月1日。昨夜、40になる近藤彦右衛門が死ぬ。甥の中野(欠字)を跡取りに願い出る。瘧(熱病)の後、鰯と生鰹の食あたり。吐くのが止まらずと。
享保1年9月1日。快晴。享保1年9月2日。1日中曇る。辰(午前7時)頃、少し小雨が降って止む。夜、少し暑く、時々小雨が降る。享保1年9月3日。朝の間薄曇。辰(午前7時)過ぎ、小雨が降って止む。段々晴れる。享保1年9月4日。快晴。享保1年9…