名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

評判とは関係なく、奥田主馬は働き者

宝永3年7月23日。
在所あるいは遠方の役所へ病で医者を招くことに関して廻文が来る。
奥田主馬が勤めに出ること相変わらず。
この春から今まで自分の長屋で食事をとったのは1度だけだと。
先日も少し風邪気味のところ殿の前で伏して薬を飲み、養生するようにと。
殿が出向かれることも度々あり、家老に盃を下されたと。
主馬は常に御殿に詰め、長屋へ帰ることは1月に1度あるかないかと。
殿が御守殿(奥御殿)に入られないので御台様(正室)から内々の話がある。
近頃は1晩おきに入られるが、よそよそしい様子と云々。
近頃、名古屋常明寺の隠居が住持に預けられる。
これも久四郎の仲間。
近頃、かや(萱屋)町川原次兵衛借家のたばこ切の一家のうち6人が次兵衛に預けられる。
番人も多く、次兵衛はかなりの出費を強いられる。
天王坊に関して疑いがかかったため。
近頃、出来町に木盗人が預けられる。