名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

やっと名古屋にお帰りです

元禄14年6月17日。
朝、文左衛門は宿で月額を剃り、辰刻(午前7時)過ぎに宿を出発する。
昼前、桑名に到着する。
尾州からの迎えの船は着いておらず、安右衛門が尾州の売船(廻船)1艘が700文で町人の荷物を載せ今にも出発しようとするのを尾州御用と押しとどめる。
その後、熱田船会所から横折手紙が来る。
熱田の船が桑名にあれば畳奉行若尾政右衛門・朝日文左衛門に用立てるようにと。
熱田の船主中へと云々。
この書付を船頭に渡して船に乗る。
この時、西風が徐々に強く吹き始める。
潮の流れが悪く鍋田を通れず、沖の方へ迂回して進んで行く。
帆を3分ほど上げて船は飛ぶように進んで行く。
追い風ながら船はよく揺れて波が時少しばかりかかる時もある。
未半(午後2時)過ぎ、熱田に到着する。
20丁(1丁は約100メートル)ばかり潮が引いており、小舟もなかった。
馬・駕籠はあったが余計な出費となるので潮が満ちるのを待った。
申(午後3時)過ぎに熱田へと上がり、駕籠に乗って夕暮れには家へ着く。
船頭には骨を折ってもらったからと100文心づけを渡す。