名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2022-07-01から1ヶ月間の記事一覧

なぜそこで

元禄2年3月20日過ぎ。七間町風呂屋での小風呂(蒸し風呂)の中で、首をつって死んだ者がいた。

いないのか、仕事人は

元禄2年2月24日。駿河町の下門前町で女を切り殺され、家にあった木綿銭などが盗まれ犯人は逃げ去ったとのこと。このため色々とお調べがある。3月中旬より懸賞金が黄金10枚出る。それでも、犯人は見つからず。

罰の受け方も人それぞれ、この差は何

元禄2年閏1月20日。夜、蔵王の前で大田文右衛門、中西新五左衛門、荻野七郎右衛門、孫四郎こと高田文蔵召仕どもが喧嘩をする。文右衛門召仕はその場で切り殺さてしまう。新五左衛門召仕は大河内瀬兵衛前で傷を負っているところを新五左衛門が引き取る。…

火元は田代の家か

元禄2年閏1月5日。子の刻(午後11時)、武平町田代五右衛門・松井武兵衛・山崎九郎兵衛・三沢左門・同久左衛門・龍崎伝七の家が全焼してしまう。火元ははっきりしないが、田代の長屋から出火と云々。

酒が飲みたくてしかたがなかったか

元禄2年1月20日。夜、跡部又兵衛召仕が堀切筋伏見町と桑名町の間にある酒屋に盗みに入る。少し物を盗んで出てきたところを亭主が追いかけ、中ノ町の辻番に呼びかけてこれを捕まえる。町奉行衆のもとへ渡される。九郎左衛門が引き渡す。

悪いことなのかな

元禄2年1月11日。角田勘太夫が逼塞となる。これは昨年冬に、口米として古米を差し出したため。閏1月22日には暇をいただく。

愛は盲目

元禄2年1月11日。鉄砲塚町の鍛冶十兵衛が弟子渡辺八郎右に仕える女と行方をくらます。

男女の仲のもつれか

元禄2年1月8日。中橋向かい裏町で女が突き殺される。犯人は渡辺新左衛門馬屋の者で、在所へ帰ったところを捕まえる。

誰も助けなかったのか

元禄2年1月1日。御城西大腰掛(二の丸大手門あたり)で登城の諸侍(諸士)の召仕が凍死していた。

子を亡くしても仕事を全うする

元禄元年12月下旬。熱田で祢宜林加右衛門の子藤左衛門が自殺する。病気療養中であったが乱心かと。加右衛門は来年の頭人であるが、この事件とは関係なくそれを勤める。

では怨恨か

元禄元年12月21日。夜、熱田の弥兵衛という者の子分が名古屋へ繰綿(精製する前の綿)を売りに出かけたが、帰りに榊の森の前で何者かに切り殺される。物取りの仕業とも思えないと。

旦那の敵を取った女房に拍手

元禄元年12月18日。申刻(午後3時)、法華寺町本立寺地子に住む坂源左衛門という犬山の浪人が住んでいた。金貸しをして暮らしていた。高岳院の前に住む隼人正組の川村一郎兵衛が源左衛門に金を借りていたが、そのことで口論となった。源左衛門を切り殺…

周りの勘違いで話は大きくなってしまった

元禄元年12月17日。夜、近頃病死した本条勘左衛門妻の兄弟が中将様御納戸で梶川町に住む早川十右衛門のところへ出向き騒ぎをおこす。発端は勘左衛門妻の持参金のことで、返済の催促があるが残らず返済することは難しいと。10両ばかりで詫びを入れて済…

自殺の可能性があるのでは

元禄元年11月6日。夜、竹腰家の蔵奉行手代水野伝左衛門が乱心となる。鍛冶の山村甚左衛門のところへ引き取る。12日朝に死んでしまう。

確か父親の知行を引き継いだのでは

元禄元年11月1日。渡辺半蔵家来渡辺六右衛門に暇が出る。これにより小沢市太夫の行方がわからなくなる。

ひどい言われよう

元禄元年10月26日。吉助という盗人が熱田を引き廻され、山崎橋の下流で獄門となる。その札には、この者は土蔵に盗みに入った上、旅人の荷物を盗んだので獄門になると。今年6月に熱田の宿で旅人の荷物を盗み、別の盗み発覚したので6月16日に名古屋の…

8月26日の事件ですかね

元禄元年10月25日。婆を切った男が土器野で磔になる。札には、この紋助は住吉町作左衛門の妻を切り殺し、家にあった金子を盗み出したので磔になると。

なぜ今ごろ

貞享5年9月。本多中務家中錦織十郎右衛門倅五郎を召仕若党山口儀左衛門が切り殺し立ち去る。このことで御触れがある。この1月4日に切り殺した。

なれ合いじゃないか

貞享5年9月2日。吉田加右衛門足軽のひとりが畑に耕作に行くと、御目見衆が足軽の畑に網をはっていた。足軽が腹をたてて網を傷つけて網竿を取り払うと、御目見衆3人が足軽を打ち叩いたので足軽は逃げ去った。加右衛門から御老中へ報告をすると、まあまあ…

放火の罪は重いはずだが

貞享5年8月26日。朝岡源右衛門宅が放火されると云々。源右衛門留守居の男に手錠をし、親類の中から人を出して番をする。9月5日に牢に入る。暇が出るが町へ御預け。

子どもはどんな処罰を受けたのだ

貞享5年8月26日。申刻(午後3時)、守綱寺の前に年老いた夫婦がいた。銭などを扱う商いをしていた。夫は耳が聞こえず瀬戸に住んでおり、婆一人が商いをしていた。婆が売った金を財布に入れたのを18、9の角前髪(すみまえがみ・武家の少年の髪型)の…

人知れず自殺をする

貞享5年7月30日。千丈の弟子晴天が山あいの池に身を投げて死ぬ。

仲間割れか

貞享5年7月21日。鍋屋町裏町で清須神明社神主の子である沢井三左衛門歩行の者が、仲間の桑名者を切り殺して立ち去る。

ブラックな雇い主

貞享5年7月18日頃。太田甚三郎が草履取りを手討ちにする。

花畑って地名ですかね

貞享5年7月18日。佐藤新五右衛門が草履取りを花畑で手打ちにする。

罰が当たってる

貞享5年7月18日。夜、水谷九左衛門が馬屋の者を手討ちにする。自らも左の肘を傷つけてしまう。9月初めには完治し、勤めに出る。

1軒で済んで良かった

貞享5年7月1日。平田院地子の家1軒が焼失する。

夫との間に何かあったのか

貞享5年6月18日。堀川に女が身を投げて死ぬ。死体を道路へ引き上げてさらす。熱田の盗人の妻と云々。

みっともないなあ

貞享5年6月18日。韮山紋太夫が乱心。自殺し損ねて鈴木安太夫に御預けとなる。

蒲焼町近くで火事とは

貞享5年6月18日。亥刻(午後7時)過ぎ、本重町と蒲焼町の間にある伊勢町の西側で2軒が焼失する。