名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

これも理由が不明か

宝永6年2月29日。
夜丑刻(午前1時)、小見山大助に厄介になっている従弟宮崎半六が、夜咄からの帰りに富田文左衛門を数ヶ所切って立ち退く。
源右衛門の辻には血があった。
そこから高岳院より大津町あたりには血の跡があった。
半六も傷を負ったようであった。
松本加兵衛と親類のため、そこへ立ち退いたと。
文左衛門は大助の母の弟で浪人であった。
これも大助に厄介になっていた。
文左衛門は死ななかった。