名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

これを仕事というのか、接待目当てじゃないか

正徳1年6月29日。
卯(午前5時)前、文左衛門は鳴海へ用務で出かける。
笠寺で酒を頂く。
辰7刻(午前8時半)、鳴海に到着する。
仕事が終わり、未(午後1時)過ぎ、横地仁兵衛の案内で金右衛門の山上の3畳敷の茶亭へ岡崎弥兵と上がる。
眼下には鳴海宿、海面には夕日が輝き、田は天に交わる。
帆船が見え、家並みは不ぞろいであった。
吸物・酒・肴を頂き、とても楽しむ。
甚兵衛の68になる家老が待機する。
申半(午後4時)過ぎ、文左衛門は帰る。
弥兵の馬に文左衛門が乗る。
熱田で下りる際に酔っていたのでつまずいて倒れる。
左の小指の根元を大きく裂き、大量に出血する。
これに加えて尻を鞍で擦って破る。
戌半(午後8時)に文左衛門は帰宅する。

この秋の買留は1石1斗1升1分。

今日39日(ママ)、出雲守様(松平義昌)勝手番の初めは伊織様の近習役で江戸者飯田次郎右衛門、初めは右近様の側役で江戸者落合吉左衛門、古組歩行坂田一郎太夫の江戸者3人に暇が下される。