2022-10-20から1日間の記事一覧
元禄5年12月30日、城南院がたくさん借金があったため1000両の拝借を願い出た。寺社奉行林一郎左衛門とはかねてから仲が良くなかった。一郎左衛門が言うには、この時期なので500両の拝借にしろと言ったのに承知しない間に、この話が伝わってしま…
元禄5年12月30日。この間、成瀬兵部は出世と専ら言われていた。御城では入り口のことなどを御目付方で調べていたが、御鷹場へ兵部が出かけてあれこれあった。このことだったのか。またそれ以外にも何かあったようで急に出仕を取りやめる。以後蟄居とな…
元禄5年12月30日。近頃、成瀬兵部が御鷹場で鶴に向けて鷹を放ったのを鳥見が咎めたところ、鷹師が鳥見を切って逃げ去る。このため、兵部への出入りは固く禁止される。門を閉じての閉門のようであったが、内膳だけが出入を許された。
元禄5年12月30日。夜明け前から雨が降る。
元禄5年12月28日。山本才兵衛が隠居し、その子忠左衛門に50石減らされ150石が下される。第一に親子勤めでないこと。忠左衛門の悪事の数々の書状も持ち出しこれを読む。普通であれば厳しく仰せ付けられることであるが、格別の家であったので御慈悲…
元禄5年12月26日。夜、野崎主税組三沢半左衛門が児(小)嶋左内という浪人を切って逃げ去る。半左衛門の住まいは弥五右衛門の家から北の西側も鍛治屋町広小路の広瀬兵太夫の屋敷であった。佐内は生まれながらの悪人で博打打ちであった。今年も70両ほ…
元禄5年12月25日。未刻(午後1時)より雪が降る。戌の刻(午後7時)に止む。積雪は3寸(1寸は約3センチ)。
元禄5年12月24日。夜、僅かに雪が降る。
元禄5年12月22日。未の下刻(午後3時)、初め金兵衛と名乗った時田喜兵衛が、大小を取り上げられ追放となる。屋敷は闕所となり武士の身分でなくなる。近頃、喜兵衛は仲間と泊りで鷹野に行くが仲間とともに呼び戻された。これは喜兵衛だけ呼び戻せば、…
元禄5年12月21日。水谷九左衛門若党が河原の者に首を切られる。
元禄5年12月20日。明け方、星野勘左衛門指矢の弟子柴田平左衛門が下に鎖帷子を着て横井伊織の150石家老田部彦兵衛のところへ押し入る。この男は桜の町通久屋と鍛冶屋町の間南側に住む浪人でこれまでは鎖をまとい、その上に革の山袴を着ていた。平左…
元禄5年12月18日。水谷九左衛門に昨年九左衛門の悪事を書き出して訴状にし、津金武右衛門のところへ差し出した分六という若党が下される。今まで牢に入っていた。
元禄5年12月17日。夜、雪が1寸(約3センチ)ばかり降る。
元禄5年12月14日。この日朝五つ(午前8時)過ぎに文左衛門は師の猪飼忠蔵・同忠四郎に従って、星野勘左衛門下屋敷で様物(ためしもの)を見物する。四つ(午後10時)頃に行き、日暮れ前に帰る。腹が減って少し困ってしまう。同門で行ったのは、川口…
元禄5年12月14日。晴。
元禄5年12月13日。晴天。
元禄5年12月11日。御納戸小川瀬兵衛が遠島を仰せ付けられる。先月27日より乱心のふりをしていたと。言渡しには御供番馬場庄助・御目付近藤弥五太夫・五十人目付成田三右衛門が警護をする。しかし、途中で瀬兵衛を海に投げ入れた。(これはありえない…
元禄4年冬。古渡村での博打の最中、捕り手12、3人がやって来て60人余りを捕まえようとした。特に滝か花の大博打打江戸源五という者は馬鹿力で、4、5人が取り押さえようとしたが、左へ右へと蹴倒し、静かに金を片付け、さいころまでを懐に入れて立ち…
元禄5年12月11日。巳の刻(午前9時)、文左衛門は山口善六を誘って広小路にその3人を見物に出かける。見物人は群れをなしていた。柱を3本立て、1人ずつ縛りつけ、下にむしろを敷いて西向きにし、神のぼりを挿させて村名と名前を書き付けてあった。…
元禄5年12月11日。広小路で博打打3人が牢屋の前にさらされる。3人とは大男の押荻村惣七、江吉良村三郎左衛門、山崎村新八。
元禄5年12月11日。朝、21になる情夫彦七と28になる女ふうが磔となる。夫吉左衛門は牢屋の前で女房に見せて首を切る。けんどん屋吉左衛門は、昔橘町の紅粉売りの婆から娘を金2両で貰い受けて育て上げた。婆もしおらしいので寵愛していた。若い男た…
元禄5年12月7日。申の上刻(午後3時)、来愚静安のところの門で、水を持ってこい、枕を持ってこいとしきりに大声で叫ぶ声がした。この時、静安は留守にしており、家には内儀と下女だけであったが、不審に思って出ていくと、袴姿の大小を差した所々泥だ…
元禄5年12月7日。辰の刻(午前7時)、飯田町下平田院借家の裏で、去年8月に生まれた子を火爐(かろ・こたつ)に寝かせたまま母親は外へ出かけてしまう。しばらくして帰ると、煙が火爐の周りを囲み、ふとん畳に火がつき、火事になろうとしていた。母親…
元禄5年12月7日。晴。
元禄5年12月6日。夕暮れ、加藤平左のところへ女がやって来た。戌の刻(午後7時)、文左衛門が台所にいると、理由はわからないが角兵衛娘まつが大声で急に泣き出した。不審に思っていると角兵衛の女房が裸足で走って来て、関平、関平来てくれと叫んだ。…
元禄5年12月5日。夕暮れ、少し雪が降る。