名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

また穏便にということです

宝永6年1月12日。
熱田二の鳥居の東の小池に女を殺して沈めてあったとこの日廻文がある。

丑(午前1時)頃、町々へ穏便ノ触れがある。
町奉行足軽が通ったので盗人がうろたえ、盗んだ物を捨てて逃げようとしたのを捕らえて牢に入れる。
盗人は杉村の者で、盗まれた者は朝日町の者で、捕らえた場所は山田町、広小路の久屋・鍛治屋町のあたり。

尾州領内村々町などへの触の覚え
一 商いの商品はしとみ(蔀)から中で売買すること。ただし、下しとみだけを下ろして商品を外の棚には一切置かないこと。
一 商人ならびにひじり(聖?)など売物を売り歩くのは当分は遠慮すること。
一 ふご(畚)になひは侍町へ当分売りに行かないように。町中で売るように。
一 職人は大きな音のする細工は行わないように。
一 油屋、からうす(唐臼)ならびに麦つきはかまわないが、歌などは歌わないように。
一 新規の作事は言うに及ばず、古い家の造作を行わないこと。
一 全て穏便にし、子どもに至るまで謡・舞・鳴物の声を禁止する。穏便の日数は追って申し触れる。