宝永6年5月29日。
津守様(松平義行)が熱田に泊る。
翌1日早朝に八三郎様(継友)、喜子之進様(松平通温)・万五郎様(宗春)が連れ立って熱田へ来られて対面する。
津守様から八三郎様に明石縮2端・奥津鯛を供する。
2人にも奥津鯛と絹縮2端ずつ供される。
連枝様から鯛または鱸など供される。
林勘平のところから連枝様へ茶漬けなどを用意したので八様から銀3枚、2人から2枚ずつ下される。
少し前、町医檀ノ寿慶の六尺(下僕)1人が牢に入る。
昨年追放となったが、用人に奉公し、その後近頃また町医者のところいるのを届けがあったので暇を出した。
このため六尺は寿慶前にやって来て、脇差をひねり回してねじっていた。
このため町奉行同心へ知らせてこの如く。
近頃、近年は六尺の身なりは贅沢だと。
但馬守様は友親を友著と改名する。