名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

人の願望から出た作り話だろうな

元禄6年12月20日。
近頃、二三子と話しをすると、友が話したことを聞かせてくれた。
宮川源太左衛門の槍の弟子で大関源右衛門という松平丹波守の家来が加納に住んでいた。
この源右衛門婿に娘がいた。
近頃、祖父の源右衛門から小袖を貰い、喜んで親に見せようと風呂敷から取り出すと片方の袖がなかった。
とても不思議がっていた。
調べているうちに、急に娘が身震いを始め、「どうした、どうした」と言っているうちに、娘の帯が誰かが切ったわけでもないのにふつふつと切れてしまった。
父母は大いに驚き、放心状態となってしまった。
これから奇怪なことが収まらなくなる。
天目(茶碗)が踊り、火吹きの竹が歩き出す。
つもぬき(ももぬき、長靴)を長持の底に入れて鍵をかけておいたが、いつの間にか取り出して屏風にかけてあった。
ある時、一家が集まって食事をしようとすると全員の箸がなかった。
驚くと床の上に箸があった。
九年母(蜜柑の種類)がいつの間にか見事に切って菓子本の上に並べ置いてあった。
側に小刀があり、これで切ったのか少し濡れていた。
娘の母が洗濯をしようと糊を片口に入れ、盥の側に置いておいた。
用があって中に入り、戻るとよい加減で糊が溶いてあった。
側で遊んでいた童が言うには、たった今黒猫が1匹やって来て盥を揺するようなことをして縁の下に入ったと。
もしや猫の仕業かと思うが確かではなかった。
ある時などは、銀や銭、肴などをどこからともなく持ってきた。
このため源太左衛門は様子を詳しく尋ねるために飛脚を遣わし聞いてみた。
本当におかしなことだと。
文左衛門の考えではでたらめな話で、物好きが言い出したものであろう。
世の中、道理に外れるようなことは無いはずである。
ただし狐や狸の妖術は人の心に入り込み、人を惑わすこともある。
しかし、こんな財を得るような妖術は願望であると。
客はこれを聞いて笑う。
しかしながら、このようなことはよくあることだと言って帰っていった。