名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

この大工ははずれだな

元禄9年4月4日。
この日から文左衛門は大工権三郎を雇い、破損した箇所の修理を行う。
疝気(腹痛)とかで、午(午前11時)には帰ってしまう。
その後も大抵昼で帰ってしまい、1日勤めるのは稀なことであった。
この疝気は昼前になるといつも痛み始める。
鍛治屋町下瀬尾仙右衛門の外で白昼に婆が剃刀で喉を切りそこね、転げまわる。
この婆は駿河町山伏の借家に住んでおり、貧乏で頼る者もなく、永らく家賃も払えずにいた。
近頃在所と訪ねると言うので、路銭を500文集めて持たせた。
しかし行方がわからず、この日この如く。
親類もなかったのであけて6日に山伏が願い出て、引き取り養生させてよくなると。
申刻(午後3時)過ぎ、御慶が食傷し、吐く。
戌刻(午後7時)、後藤玄隆を呼び、鍼を立たせる。
子半点(午前0時)、京安がやって来て、薬を飲ませる。
これで吐くのはおさまり、しばらくすると熱が出て熟睡する。
昨日、まだ出来上がっていない酢味噌を食べたためか。