名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧

持ち主はショック

元禄3年6月24日。卯半(午前6時)過ぎ、飯田町の下松岡玄与家の裏にある借家が残らず焼失する。

これも同じ祭りでの出来事か

元禄3年5月18日。平(比良?)村の馬と久地野村の馬がどちらが先かと争ううちに、久地野村の者を平村の者が切り殺す。縁者であったと。

祭りで酒を飲んで気分が大きくなったに違いない

元禄3年5月18日。大曽根こんにゃく屋平左衛門を組頭の子長三郎が脇差しで傷つける。龍泉寺弁才天の前での出来事。馬の頭で酒に酔っていたとのこと。

もしかして誰かが情報を流したか

元禄3年5月11日。夜になり、権左衛門子松平源之右衛門を一族の者が捕らえて討ち捨てると相談するが、取り逃がすと云々。

よほど大きな犬だったのか

元禄3年4月20日。円広寺で、一向宗光徳寺は酒の席を退屈し、庭に出たところを犬にかまれて組み伏せられる。人々が駆けつけ、ようやく助け出す。客が大勢いた様子であった。

密通の罪の重さを知っていれば母親を責めるのは酷

元禄3年4月20日。駿河町の南、新町下の畑に六郎様の中間と清水村けんどん屋戸右衛門の娘が死んでいるのを畑の主が発見する。この女の夫は近々江戸より戻るはずと云々。母は産婆をしていた。六郎様の中間との密通を知り母は意見する。また、逢引の宿にも…

落ち度があればすぐに謝る、それが誠意

元禄3年3月。荒川主馬の子を大野左衛門の犬がかむ。軽い傷だったのですぐによくなる。主馬の妻から小左衛門のところへ使いを立てたと。

漏らしそうだったのか

元禄3年3月。摂州様(松平義行)のところへ逃げ込む者がある。野田半平組の足軽両人が番をしていたところ、雪隠へ来たと塀を乗り越えて逃げ去る。

江戸時代、密通は大罪

元禄3年3月26日。巾下の密通した男女が磔となる。男は榎町本願寺坊主の子で商売をしていた。そして向かいの桧物屋の女房と密通していた。露見するのを恐れて、女の方から密夫のほうへやって来て刺し殺されてしまう。密夫も自殺する。2人の死体は塩漬け…

よほどの老木だったのか

元禄3年3月19日。高倉の森いちいの大木が風もないのに倒れ、社も破損する。末社でのこととも。

命が助かって何より

元禄3年3月。松岡東庵子が女を切り、自害しようとするのを押し留める。乱心の上でのこと。女も傷を負っただけで命は助かる。

何も殴ることはないのでは

元禄3年2月29日。馬場荻右衛門が家で浪人の男を殴る。これは15日の夕暮れにこの男がやって来て、荻右衛門召仕小草履取りの居所を教えてくれと言う。色々と悪口などをいうけれど、その夜は荻右衛門のところに客などがあったので放っておく。またこの日…

絹の布団なら金持ちの子では

元禄3年2月29日。相応寺の東鬼門垣の松林の中に捨子がある。絹の布団などに包まれていたと。

ひっそりと暮らしていたということか

元禄3年2月28日。藩士と思われる鵜川庄兵衛が古渡の妙連寺末寺久源寺において自殺する。懐中には5両1分あったと。近江の者とのことで古渡の百姓が江州へ行き、庄兵衛に縁のある者を尋ねて知らせるようにと云々。10年以上前、庄兵衛はこの地を追放に…

この相続は大変だ

元禄3年2月20日。伝馬町籠屋が女房を切り殺し、娘にも傷を負わせて自殺する。乱心あった。倅への跡目相続を町奉行が申し渡す。

参加者はさぞ驚いただろう

元禄3年2月13日。桜誓願寺で法談を行うが、その高座で乱心する。そして同19日に亡くなる。

それでも自殺はよくない

元禄3年2月12日。朝、大村十右衛門が自殺する。昨年、江戸の政次郎喧嘩であれこれあり、父十兵衛は死んでしまった。しばらくしてまたこのようなことがおこる。何たる不幸であろうか。

早合点とはこのこと

元禄3年2月9日頃。三州の天台坊が城南院へ立ち寄ろうと橘町を通っていると、供の小姓を見ていた目明しの庄三郎がかぶき者と思い込み、召し捕ろうとする。その騒ぎに町人なども集まって来る。天台坊の供とわかって落着する。これが城南院から町奉行へ伝わ…

この手討はわかる

元禄3年2月上旬。都筑金太夫子が米を盗んだ召仕を手討ちにする。