名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2022-11-09から1日間の記事一覧

11月28日の天気です

元禄6年11月28日。夜、雨が降る。

鷹師にはありがたいお言葉

元禄6年11月25日。御鷹師5人に大殿様が五十人組になるよう仰せであったが、若が鷹を好まれるかもしれないので、鷹のことを忘れないようにと仰せられた。寺社より諸旦那方への進物は今後一切禁止と言い渡される。

口は災いの元

元禄6年11月23日。雨が降るが、巳の刻(午前9時)に止む。石原内匠が300石召し上げとなる。噂では、内匠は先ごろ内藤宇平治の屋敷へと入ったが、ここは御用人屋敷にあらざるところと願い出た。御用人屋敷にふさわしくないのであれば寄合になれと、…

11月22日の天気です

元禄6年11月22日。晴天。文左衛門が外出から帰ると雨が降る。

11月21日の天気です

元禄6年11月21日。晴。

11月20日の天気です

元禄6年11月20日。曇。時々少し雨が降る。申の刻(午後3時)に雷がひと鳴りする。戌の時(午後7時)、遠くで地が揺れる音がする。

自信は油断につながる

元禄6年11月19日。枇杷島の売人が小田井に行って木綿36斤を買い求めめたが、懐にはまだ金1両が残っていた。この男は少し力自慢で、1人で夜道を帰った。戌刻(午後7時)、枇杷島橋を過ぎると賊1人が現れ近づいてくるが、売人は投げ飛ばした。する…

林さんはこれで処罰されたのだな

元禄6年11月16日。朝倉平右衛門がかねての願いの通り知行や居屋敷を召し上げられ、7人扶持を下される。林市郎左衛門も願いの通り知行や居屋敷を召し上げられると。しかしこれは事実とは異なっており、しかも願いも出していなかった。市郎左衛門は生ま…

これには納得

元禄6年11月13日。岡龍景が簡略廻りの輩の羽織に柿色を用いるのはなぜかと尋ねた。答えは、師に尋ねると簡略の年数は8年で極めるからと。いわゆる桃栗3年柿8年とはこのことであると。

庶民のささやかな抵抗

元禄6年11月13日。近頃、真福寺の絵馬に、虎皮の褌をした赤鬼が出会った柿羽織に毛皮は御法度とがめられ、柿羽織がこの赤鬼を追いかける様子が描かれていた。このため絵描きを取り調べると。本当の話だろうか。

鷹狩が禁止されて、獲物の鳥たちが増えたかな

元禄6年11月13日。先頃から堤の外では運上金を払えば、鳥を捕ることができるようになった。このため雁・鴨の値が下がるが大したことはなかった。ただしその場で買えば安値であった。

冬にタケノコが出るのは確かに変だ

元禄6年11月13日。近頃、熱田神前に筍1本が生え出たと。

虎の威を借る何とやら

元禄6年11月13日。曇。巳の刻(午前9時)から雨が降り始め、未の時(午後1時)に止む。日暮れから雨が降り始め、また止む。成瀬隼人正組奈須九左衛門が改易となる。誰もが知る馬陰(偽善者)であった。隼人正は随分と九左衛門を気に入り、鉄砲を打つ…

鷹匠が全員失業ってこと、あの法律のためか

元禄6年11月10日。御鷹匠全員が本役を改めとなる。或いは新番50人は御馬廻になり、同心鷹匠35人には暇を出す。ただし、めどが立つまで3人扶持を下される。鳥見・餌指など多くには暇を出す。御鷹匠の内吉田五兵衛・横井半助は寄合組になる。吉田七…

何だ、光物って

元禄6年11月9日。晴天。近頃、光り物があったと。手嶋杢内は早朝に片端でこれを見た。志水の坂の上では異様な光が福嶋忠兵衛の黒腰板に移るのを見た。大きさは提灯ほどで、跳ね上がり雲の間に入った。

11月8日の天気です

元禄6年11月8日。強い風が吹き、寒さを感じる。雲も出てきて、しばらくは花のように雪が舞う。巳下刻(午前11時)には止む。

倹約で華美はならぬということ

元禄6年11月7日。夜、少し雨が降る。文左衛門は他所で触状を見て書き写してくる。同心中へ申し渡す。御家中の輩、幼少の子ども、御目見え未だ仕らず者どもの衣類については父の着類に準ずること。持っていたとしても父が着用した着類より良いものは着て…

うちの近所でも狸がたまに歩いてる

元禄6年11月6日。広井八幡で狸が死んでいる。おかしなことと云々。

11月4日の天気です

元禄6年11月4日。雨が降る。

11月3日の天気です

元禄6年11月3日。夜、雨が降る。

11月2日の天気です

元禄6年11月2日。巳の時(午前9時)から曇り、しばらく雨が降る。