名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

なぜ自殺しようとしたのだろう

宝永2年閏4月15日。
申(午後3時)頃、35歳400石馬廻並河次兵衛は僕1人を連れ、加藤三十郎のところへ行くといって出かける。
まずは旦那寺守綱寺へ出かける。
召仕は大須へ行くようにと先にやり、その後、墓所で小刀で肘と腹を少々切るが切り損ね、倒れ込む。
寺僧がこれを見つけ、飛騨殿へ訴える。
翌日申(午後3時)頃、次郎兵衛親類がこれを請け取り、次兵衛屋敷へ引き取る。
並河杢内の養子で実は加藤半兵衛の子であった。
三十郎などは従兄弟であった。