名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

切支丹でないことが重要

元禄16年2月9日。
彼岸に入り、大須で十三郎の狂言が行われる。
その他に、15ばかりの軽業小桜桐之助。
またこの時疱瘡の小さな女の子は手足の指は3本で、広く割けている。
この子は伯耆の者と。
以上3本の出し物。
十三郎の芝居は大いに賑わう。
町奉行へ1日の売り上げは170貫と書付を出すと云々。
近頃、津守様(松平義行)古組歩行神田源蔵・舎人太介が改易となる。
太介は勤めをよく勤めず、源蔵は旗本に密かに奉公を組した罪と云々。
彦兵殿におふゆの寺手形を文左衛門は一札差し出す。
一札。
前嶋小右衛門妻はこの度願い出て、自分のところで引き取り置くこととなったので宗門を改めたところ切支丹の宗門ではありませんでした。
法花宗で旦那寺は鍋屋町大光寺であります。
すぐに大光寺から判形(書判)を取り、差し出します。
宗旨や寺を替えた場合はすぐにお知らせいたします。
このこと上記のとおりです。
元禄16年未2月日 朝日文左衛門。
冨永彦兵衛殿。
一札。
朝日文左衛門のところに抱え置く前嶋小右衛門の妻は法花宗で当寺の旦那で間違いありません。
切支丹の宗門ではありません。
もし宗旨のことで訴える者があれば、拙僧がどこへでも出て、申しわけをいたします。
宗旨替、寺替を行えばすぐにお知らせいたします。
後日のためにこのように一札入れます。
気bb録16年未2月 大光寺印。
冨永彦兵衛殿。