名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

口は災いの元

元禄7年6月13日。
文左衛門は拝謁に参上する。
辰9刻(午前9時前)、公はご隠居様をお訪ねになり、巳1分(午前9時過ぎ)に帰られる。
この日、御鑓奉行田代五右衛門が100石減らされ御馬廻組になり、閉門仰せ付けられる。
門を釘で堅く閉ざし、板の隙間や連子、水やり、犬の通路まで板を固く打ちつけるなど厳しいものであった。
江戸の閉門とはこのようなものであると。
これは高木小兵衛が御馬廻になったことに対して五右衛門がこんなことを言ったため。せっかく姫君様の御付になったのにその職務に耐えられないと大変な御目違いと。
その他にも上の御仕置き(政治など)に対していろいろと言ったのでこの如くと。
織田大膳太郎から申し渡しがある。

人のことをとやかく言うものではない。