名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2023-02-10から1日間の記事一覧

やはり死罪となりましたか

文政2年6月23日。隠居高垣八郎平。その方についてはいろいろと行いが良くないと聞いており、一昨年御咎めを仰せ付けられたが、その後も慎まず、おかしなところへ出入りしていると聞いたので昨年蟄居を仰せ付けられた。しかし、それ以後も慎まず、頭の方…

流行とはこういうもの

文政2年。一両年、朝顔がとても流行し、いろいろな花・葉の異なる品種ができる。人が好むようになると草木もまた珍品が生まれるのは不思議なことである。5月25日、玉屋町聞安寺で会が催される。珍花・珍葉と不思議な品を飾る。6月4日にも会が催される…

目論見ははずれるもの

文政2年。今年春から阿弥陀寺裏門(石切町、行当り)は通り抜けできた。元来このようにしたのは宝物などを少しは多く収めることができるとの目論見であった。しかし、たいして変わらず、ただ通り抜けができるだけであったので、2、3年すると裏門を閉じた。

それなら延期も仕方ない

文政2年5月15日、16日。馬の塔が出る。辰巳櫓で殿がご覧になる。18日の予定が、今年は清湛様の3回御忌御法事、17日は御茶壷の通行があったのでこうなる。

害虫ですね

文政2年。4、5月頃、屋根虫(ヤネホソバ)がわくことが普通にあった。もちの値段が上がる。

今よりとく見えたでしょうね

文政2年。4月から5月にかけて、乾の方角に稲星(彗星)が現れる。

こんなにあれば過当競争になるのでは

文政2年4月28日。この日から駿河町西蓮寺で嵯峨釈尊を開帳する。27日間行われ、ことのほか賑わっていた。

またまた御開帳

文政2年4月。広小路神明で北野天神の開帳が行われる。4月25日から閏4月15日までであった。(昨年、古渡で行われた時よりは神宝が少なかったと。この度の神宝の中では御一代記絵巻物2巻が古風で雅やかであった。)

昔はよく野良犬っていましたよ

文政2年2月。この頃、三之丸に病犬(狂犬)がおり、人を傷つけることが多かった。最後には犬落し(罠?)に入ったと。

生きて行かないと

文政2年3月19日。朝、御堀で相対死(心中)がある。男は27,8。女は23と。

娘を売って金を得る時代

文政2年。この年、町芸者が役所へ書き上げたものの写し。(以下略)男女芸者およそ8、90人。名古屋は贅沢に溺れ、遊興にふける時代であった。貧しく身分の低い者が娘を得ると、たちまちに富を得た。そんな不思議な時代であった。今年よりは来年、来年より…

その日まで使えないってことか

文政2年9月20日。小判壱歩判の吹き替えを仰せ付けられ、この日から通用する。

これは胡散臭い

文政2年。この夏、ある噂でもちきりとなる。その図は左様で、いろんな話があった。(朱書き頭注)「矢場にて人魚の細工物を売る」。名は神社姫という。竜宮からの使いであった。長さは2丈(1丈は約3メートル)ほどで、腹は赤く紅の様であった。今年4月…

本当に『群書類従』は大変な書物です

文政2年。江戸の保己検校は群書類聚を全編完成し、また続編を編纂しようとする。そのため国の珍書を探そうと名古屋へもやって来て、熱田の日本紀を一見し(ざっと見る)、大須の古書を吟味し、この寺の珍書は大半を写したと。先月より筆工が多く集まって写…

雨に雷と自然は恐ろしい

文政2年5月28日。激しい雷雨で、佐屋あたりは大水となる。この日、愛知郡山崎村に雷が落ち、2軒焼失したと。詳しくはわからず。

めでたい、めでたい

文政2年5月25日。甚目寺の鐘楼が完成し、この日5半時(午前9時)に法用(要)が行われ、一山の僧が集まる。4時(午前10時)、工匠により上棟の式が行われる。投餅、酒を参詣の人々にふるまう。

これも初期消火の賜物

文政2年5月14日。久屋1丁目で小さな火事がある。

5月4日の天気です

文政2年5月4日。雷が鳴り、大雨となる。通った者の話では京町通の東にある幟竿がたくさん折れていたと。

最初が肝心

文政2年閏4月23日。熱田の祭主田島氏のところで大掛かりに神楽が執り行われる。これは社家(神職)の家で神楽が執り行われた最初である。

これも初期消火の賜物

文政2年閏4月4日。申刻(午後3時)、広小路神明神主宅の風呂が消失する。(直様(すぐに)鎮まる)

寄付金集めのためでしょうか

文政2年閏4月1日。3日まで精妙寺の什物(宝物)兆伝司涅槃像の修理供養が行われる。

ちゃんと効いたんでしょうか

文政2年4月。海東郡山田源治がはやて(疫痢)の薬を杉の町伏見町東を北側に入った和久屋伝七のところで施薬する。

これも信心

文政2年4月23日。大須大塔(五重塔)の櫓(足場)が門前町の者たちで築き始められる。

これはでかい

文政2年4月8日。熱田大宮へ9尺(1尺は約30センチ)の織物の絵馬が奉納される。競馬(くらべうま)の図であった。図工は玉渓、書は尾頭備、織物師は。神楽殿に納まる。

極楽寺のことが再度記載されてます

文政2年3月28日。巳下刻(午前11時)、南寺町極楽寺へ京の本山栗生光明寺から円光大師木像が輿入れする。本町京屋で少し休憩し、それから昼頃に輿入れする。これは葉栗郡極楽寺旧跡をここへ移したために行ったもの。門外に牌(牌)を立て、その面に円…

結構開帳って行われているんですね

文政2年3月28日。あつた本遠寺立像釈迦如来を桜之町通所で開帳するため、この日巳刻(午前9時)過ぎから輿入れする。たくさんの幟が立ち、見事であった。4月1日から17日間開帳する。

これも大賑わい間違いなし

文政2年3月25日。幸心村で庚申の開帳が行われる中、本堂の棟上げを行う。

伝統は大切

文政2年3月。熱田の舞楽は行われなくなっていたが、近年再興されて毎年行われるようになっていた。この年からは神事となり毎年3月15日に行われることとなる。

名古屋は派手に餅投げだ

文政2年3月18日。桜の町清水寺の33体の観音が成就し、移徒(引っ越し)が行われる。本尊の開帳でもあり、大賑わいとなる。この日は餅投も行われる。

あつらえ服ってどんなもの?

文政2年2月8日。初午。あつらえ服(?)が再び始める。近年、奉行の方から停止されていたが、今年からまた始まる。