名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2022-10-01から1ヶ月間の記事一覧

そりゃ、怒りはおさまらない

元禄6年4月8日。出来町に住む日用取(日雇い)の女房は酒屋に奉公に出ていたが、酒杜氏がこの女房と密通する。日用取は怒りがおさまらず、この日酒杜氏と女房を切り殺し、自分も自害する。しかし、三人ともいまだ死なずにいる。調べがある。

今のポスターですかね

元禄6年4月7日。夜、鈴木平次右衛門門側の壁に猪飼忠蔵を座元で忠蔵弟子を敵役、若女方、若衆方、道外(道化)に直紙(和紙)2枚が貼ってあった。円之助が若女方太夫で残りは立役。山上金三郎の仕業だろうか。

4月4日の天気です

元禄6年4月4日。申半時(午後4時)、西の山から黒雲が流れてきて、強風が砂を巻き上げる。雨はしばらくすると止む。

今ならネットで大騒ぎ

元禄6年4月2日。鈴木水之助が女房を離別する。今年2月19日に呼び寄せたのでわずか42日の結婚期間。

4月2日の天気です

元禄6年4月2日。明け方から雨が降り始めるが、昼には止む。

回文も伝達文書です

元禄6年3月26日。明け方から雨が降り、風も吹く。小頭から火事についての回文がくる。回文には、昨年火事があった際には、巾下片端三之丸の内はもちろん御城に駆け付けるようにと三左衛門が仰せになったが、今後は、南は押切筋より、北東は武平町筋より…

住むところも心配しないと

元禄6年3月25日。亥の刻(午後9時)、火事だと騒ぎがある。広井の内藤与右衛門東隣山内八郎左衛門の家が焼失する。

3月24日の天気です

元禄6年3月24日。晴。

3月23日の天気です

元禄6年3月23日。雨が降る。

触状は今の回覧文書

元禄6年3月20日。夜、文左衛門のところへ触状がくる。鈴木彦三郎という者が江戸で座頭を殺し金を奪ったと。

3月17日の天気です

元禄6年3月17日。雨が降る。

寒い季節は火事が多い

元禄6年3月13日。夜4つ半(午後10時)、建中寺前御作事奉行前横井小太夫手代の屋敷が2軒焼失する。

3月7日の天気です

元禄6年3月7日。晴。7つ半(午後2時)から雨が降り始める。日没後激しい雨となり、強い風も吹き荒れる。

3月6日の天気です

元禄6年3月6日。雨が激しく降り、風が吹き荒れる。

無関心だなあ

元禄6年3月5日。雨。文左衛門は鈴木水之助のところで八弥・雲平・理右・縫右衛門と話し込む。4つ(午後10時)過ぎに食事を終える。縁の戸を開けると、西南の方角に火が上がっていた。しかし、雨が降っており風も無かったので誰も騒がなかった。京町通…

たまには働くんですね

元禄6年3月4日。晴。大納言光友公・摂津守義行公が江戸へ出発する。未刻(午後1時)、御供揃が行われる。同半刻(午後2時)、お立ちになる。文左衛門は近友と8つ(午後2時)少し前に出かける。熱田まで御供をし、御目見した後帰路につき、沢観音で奈…

それでもあなたは出かけるのか

元禄6年3月3日。晴。亥の半刻(午後10時)、文左衛門は真福寺へ出かけ、踊り操りを見物する。

3月2日の天気です

元禄6年3月2日。晴。

さすがに飽きられてきやかな

元禄6年3月1日。晴。文左衛門は真福寺へ行き踊り操りを見物する。見物人は少なかった。操りは中入りで終了となる。

2月30日の天気です

元禄6年2月30日。曇。昼過ぎから雨が降り始める。

2月29日の天気です

元禄6年2月29日。曇。わずかに雨が降る。明け方前に地震がある。その後、雨が降る。

2月28日の天気です

元禄6年2月28日。曇。わずかに雨が降る。

人生100年時代の先取り

元禄6年2月27日。曇。この日に文左衛門が聞いたところでは、昨日大蔵様に知行5000石を進められる。朝比奈甚左衛門が御さそい(勧め)で御役御免となる。年は92でこの役に付いた時は82歳。甚左後役には田代五右衛門。五右後には多羅尾四郎兵衛。…

2月26日の天気です

元禄6年2月26日。わずかに雨が降る。

2月25日の天気です

元禄6年2月25日。晴れ渡る。未下刻(午後3)より雲が出始め、夜にはわずかに雨が降る。

2月24日の天気です

元禄6年2月24日。巳の刻(午前9時)から雨が降り始める。

勤労意欲はないのか

元禄6年2月23日。文左衛門は真福寺へ行き操りを見物する。

蓼食う虫も好き好き

元禄6年2月22日。夜、加藤平左衛門が妻を離別する。今宵道具は返す。平左衛門は客人の作(さく)と通じ、新婦をはなはだ粗末に扱うと。この作は親平左衛門が使っていた女で年上で容貌も良くなかった。金子は2年以内に返すはずであった。世間では大笑い…

あーあ、またか

元禄6年2月22日。文左衛門は晦哲のところへ出かけ、すぐに興津安右と連れ立って真福寺へ行き、踊り操りを見物する。

夢見心地とはこのこと

元禄6年2月21日。未の刻(午後1時)になろうとする頃、真福寺で喧嘩だと騒ぎがあると云々。町人1人が木戸番をからかい、終には縛られて連れて行かれる。また、伊勢町の辻では猿若を見ているうちに我を忘れた者が脇差を盗まれる。ただし、鞘は盗まれず。