名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

それだけ公家も金に困っていたということ

宝永1年9月27日。
吉見刑部は7月26日に上京したが、吉田に仲介を頼んだ官位が一向に得られず、京に長く留まることとなっていた。
吉田の言うとおりにして官位を求めると、費用がかさんでしまっていた。
仲介を通さず直に申し上げようとすると、伝奏清閑寺中納言は吉田と同僚であったのでこのことがすぐに吉田の耳に入ってしまった。
殿様からはいつも通りその費用として金子30両ずつを下されていた。
130日ばかり京に留まり、茶屋などから金を借りて尾張に戻り、願い申し上げて年季金(期限を設けての借金?)としてもらった。
公のご威勢により吉田に頼まなくても官位は進み、従五位上刑部大輔となる。
2度と吉田に取り次ぎを頼むことはないはず。
近頃、本寿院様の希望により江戸で相撲取1人を抱えられる。