元禄16年8月。
善光寺の本尊を阿弥陀寺で開帳する。
善光父子の像はもろこし(唐土)の冠に太刀を吊るしている。
十王を描き損じたようである。
昔からの像であろうか。
皇極帝の時代は冠があったのか定かではない。
上宮太子の時なのかもはっきりしない。
また、袋に入った印文というものが3つあり、これを人の額にあてる。
善光寺の印文は形のあるものでなく信心の心に仏印はそなわるので、こじつけでこのようなことを行うとある僧は言っていた。
木曽路に鍬神という異霊を祭る。
上野国高崎いまで順に祭り行く。
数百の幡旗が道を行く様は奇妙なもの。
東都の役人は怪しみ問いかけると、尾張の天王社からだと答える。
尾張に手紙で問い合わせがあり、どこから出たのかを調べるがはっきりしないと。
貞享2年に遠州秋葉の3尺坊を伝え祭ったのと同じか。
鍬神は時折尾張では西から東、北から南へ伝わり祭るのはよくあることで、この度は他国にまで伝わった。
奇妙なことである。
巻末も参照するように。