元禄4年7月16日。
夜、万松堀端に乞食ひとりで寝ていると、3人連れがやって来てあの乞食を切ろうというので、乞食は急いで堀の中へ逃げ込む。
そこへ若宮向柏屋の隣粉屋角兵衛の14になる子と19の僕が連れ立ってやって来る。
先ほどの3人が刀を抜いてこの2人に理不尽にも切りかかる。
粉屋の主従は刀を持っていなかったので僕が手を広げて主人を抱え込んでかばい、刀を握って手のひらを切ってしまう。
最後には情け容赦なく福寿院門で切り殺されてしまう。
このため札の立つ辻には黄金10枚がかけられる。
衆道(男色)がらみとの噂はどうやら間違いであった。