名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

2022-05-24から1日間の記事一覧

今の当て逃げか

貞享3年7月25日。戸山竹隠の六尺(下僕)どもが竹隠に御預けとなる。8月2日には許しが出て元通り仕える。車を引いている時、伝馬町の札を引っかけ壊したためと。この札はさこ(栄生)町と云々。

団之助と兄の妾には何か関係が

貞享3年7月23日、24日。その頃、海野団之助が兄庄太夫の妾を刺し殺す。乱心とのこと。

神は守ってくれなかった

貞享3年7月23日。大道寺玄蕃歩行者(徒士)が稲吉武太夫の近所で切り殺される。犯人は逃げ去る。荒子参詣からの帰りとのことで、犯人は玄蕃の中間であった。

盗人の後ろには首謀者あり

貞享3年7月13日。少し前に牢に入れられた後藤彦太夫長屋に入った盗人や六尺(下僕)、井戸掘りなど盗みをさせた者ども全員が追放となる。盗人は質屋から出てきたところを捕らえられる。

貞享3年7月13日。御国奉行から足軽2人が追放となる。囚人1人を牢屋へ連れていく途中、囚人が永安寺筋で東へ逃げ出し、肴屋仁右衛門裏の井戸へ飛び込み気絶してしまう。しばらくして引き上げて介抱すると囚人は意識を取り戻す。原因はこの足軽2人が油…

古沢武太夫は悪くない

貞享3年7月10日。出雲守様(松平義昌)衆古沢武太夫を長岡丹左衛門へ、牧治部太夫を清水彦右衛門へ御預け。同晦日、共に17ヶ国改易となる。少し前に治部太夫を御領地へ遣わし、屋敷のための土地を見つけるようにと言われていた。にもかかわらず御領地…

さすが尾張徳川家の菩提寺です

貞享3年7月10日。雷が轟く。建中寺では屋根瓦が砕け、本堂東の柱一本が裂け、唐紙障子などもくすぶり破損してしまう。御作事奉行柴山甚五左衛門が修復する。