名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

川浚えってまるでお祭り

天保7年。
一 5月6日、朝倉平八が揚り屋へ入る。

一 同15日朝六時(午前6時)過ぎ、祢宜町新屋敷で火事がある。
おおよそ50軒ほどが焼失する。

一 堀川の川浚えを言いつけられ、6月24日から始まる。
6月24日は中戸田道、広井下納屋。
6月25日は花車。
7月2日木挽町・呉服町・小舟町・堀詰町。
同3日八百屋町・葭町。
同4日押切。
(歌略)

一 6月28日早朝、前津小坂井の近辺で火事の噂がある。

一 7月3日朝、激しい風雨で堀筋坂下のあたりで通り物(一瞬で通り過ぎて災難を与える魔物)があり、新屋敷・坊ケ坂・杉あたりの屋根をめくる。
同じ頃、熱田出はなれ(はずれ)古町の屋根をめくると。

一 7月2日、堀川の川浚えのため木挽町の山車は十日夷の趣向で筵で鯛・烏帽子・大福帳を、魚籠で俵を拵え、評判が良い。
また小舟町でも。

一 同3日、八百町は唐人の趣向、葭町は鯨を拵え、大勢が出る。

一 同4日、押切町は七夕の山車。羅紗のきれで短冊をつくり、大竹に下げる。

一 同6日、江川町は(図略)車に乗せ、金瓢箪は9尺(1尺は約30センチ)、銘々はねり絹(練絹)・しじら緋と紅梅の両様(二色)の腹かけ、サヤがた(紗綾形)繻子で揃え、下帯は板締め秩父である。
樽屋町は銘々麻晒しに千がい浪(?)に日の丸の紋を付け、腹かけは紫さやがた繻子、下帯は板締め秩父である。
戸田町は切竹に五色の糸を付け、黒塗りの車に花壇を構え乗せて引く。
銘々衣装は晒しに竹の模様、その間に金銀の短冊・鈴を付け、七夕の趣向である。

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