天保5年。
一 先ごろ、私の御長屋□□(ママ)ならびに隣の熊谷の御長屋の作事のため石垣を取り崩したところ石垣の下から大きな蟇蛙が1匹這い出し、黄色い息を吹きかけた。
日雇1人がこの息を吹きかけられて気絶し、肩に寄りかかって家に帰った。
医師もよくわからないと話すと。
この蟇蛙の胴の長さは1尺(1尺は約30センチ)ほどもある。
この大きさから手足の大きさを推察できる。
一 私の御長屋の向かい□□(ママ)内藤角二御長屋の2階には昔から化物がでるとの話があり、近頃夜九ツ(午前0時)頃に2階へ上がったところ女の声がし、不思議に思いあたりを見回すと髪の長さが1丈(1丈は約3メートル)、顔が2尺(1尺は約30センチ)ほどのとても美しい女の首があったので全員怖くなって逃げ下り、しばらくは口もきけず、青ざめていた。
その後、内藤は毎夜毎夜隣の土屋の御長屋に泊まる。
誠に嫌なことである。
時々土屋の御長屋までこの女の声が聞こえる。
この女の言葉ではああ口惜しいと泣き叫ぶ。
この2階には昔から上らなかったが、皆で酒を飲んだ勢いで上がったところこうなってしまう。
上がらぬ前は何もなかったが、上ってからは毎度毎度怪しい声が時々聞こえる。
一 今年3月17日、俗に七面という橘町妙善寺の裏の小家の両側半町(1町は約100メートル)ばかりが焼失する。
下火になった頃、町人3人があるき(使い走り)という者1人を連れてやって来て金5両を出し、この焼失した町のあるきを呼んでこの金を渡し、この金で今度焼失した小さな借家に住む者たちの家に配るようにと言う。
やがてこの金を広井の庄屋に持って行くと家1軒ごとに2朱あまりになり、その日暮らしの者はこの金で急な災難を凌ぐことができ、大変喜ぶ。
そうとなればこの恵みに感謝すべきとこの施しを行った者はいかなる人たちかと。連れてきたあるきに尋ねると、その時にその家の名は明かすなと強く口止めされたので言うことはできないと言うことなく帰っていく。
正韶が言うには、金を施した町人は人に恵もうとも、無駄な金は使わない者である。
その名を明かさないのも人知れず善行を行う者であるからであろう。
己の名声と利益だけに走る官吏、中身もないのに言葉だけを飾り立てるだけの儒者などに比べて同じように論ずるべきものではない。
一 天保五年甲午十一月十一日。
上使を以て申し上げられた上意の写。
尾張前中納言殿は紀伊殿・前の水戸殿よりも先輩であり、年齢も上であるので先だって昇進の沙汰もあるべきだったが、病身で隠居されたのは前々から残念と思っていた。
ついては尾張殿は幼年での家督であるので、隠居後もあれこれ治世について相談になっていると聞き及んでいる。
格別の考えで従二位大納言に任ずる。
このことを伝えるようにとの御意である。
(3-p117~p119、p128)